2018.11.23
# 現代史

平成の終わりは、昭和末期の「劣化コピー」である〜ループする衰亡史

「不安の商人」が煽るバブルに要注意
與那覇 潤 プロフィール

1960年代の高度成長期に生活必需品の需要が飽和したため、バブル時代には「その先に『もっと儲かる』フロンティアがありますよ」として夢を売る商法が台頭しました。それも破綻した現在では「これをやらないと困ったことになりますよ」と、むしろ脅迫的な形で不安のフロンティアを開拓しようとしている。

万が一を考えて、来るかわからないシンギュラリティに備えるのも立派な心がけです。しかし、それは「財政破綻」や「消費税30%時代」や「移民労働力の急増」や「南海トラフ(級の)大地震」や「脱原発と電力の不安定化」や「米朝交渉の破綻と開戦」や「中国が覇権を握った世界」などのすべてに、万全の備えをした後でよいはずです。

 

なぜいま、それらよりもAIが脅威として売り出されるのか? その答えもバブル期の現代思想が教えてくれます。危機として「目新しいから」です。あるモノの価値はその内実ではなく、他のモノとの差異から生まれるので、新奇な不安の方が高く売れるのです。

冷戦後の世界でのヘゲモニー競争に敗れ、地方を中心に人口も収縮し、かといって思想的なアイデアもすでに汲み尽くされている。そうした状況でいま、生きる以上はけっしてぬぐえない「不安」という、最後のフロンティアのマーケティングが始まっている――。

寂しくともそれが、「昭和末期」をダウングレードさせた平成の終わりの風景です。繁栄を装って目をふさぐのではなく、衰退を見据えた上でこの根源的な不安を治癒する道を探ることが、次の時代への課題としていま、求められていると思います。

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