相対論と量子論の暗黙の了解を覆した「ペンローズ」とは何者か

名著のプロローグ「鍵」を特別公開!
竹内 薫 プロフィール

ガモフの『不思議の国のトムキンス』は、相対性理論の良い啓蒙書であるが、そこに、通行人の目の前を通りすぎる自転車が縮んで見える挿絵がある。ペンローズが指摘するまでは、世界中の物理学者たちが、この挿絵のように、動いている物体は相対性理論に従って縮んで見える、と信じて疑わなかった。ペンローズは、それを覆してしまった。

しかし、なんといっても、ペンローズのいちばんの業績は、一般相対性理論の「特異点定理」だろう(得意ではない、特異です。英語のsingularity)。その内容については、本書の第2章をご覧いただくとして、とにかく、ペンローズはこの業績によって、ホーキングとともに1988年度のウォルフ賞を受賞した(ウォルフ賞というのは、科学などの卓越した業績に対して与えられる賞で、文学でいえば、さしずめ芥川賞みたいなイメージである)。

同じ一般相対論の分野では、ブラックホールを論ずるときに欠かせない「ペンローズ図」というのがあって、もちろん、発明者はペンローズである。本書では、ペンローズ図の見方についても詳しく説明するつもりだ。

さらに、ペンローズの名声を不動のものにした「スピン・ネットワークの理論」がある。これは、スピンとよばれる素粒子の奇妙な性質を集めてネットワークにすると、あーら不思議、時空構造ができてしまいました、というしろもの。世界中の物理学者に衝撃を与えた。

なぜスピン・ネットワークが衝撃的だったのか?

それは、ペンローズが、

世界は時間と空間(=宇宙)という容器の中に入っている

という大前提というか暗黙の了解を、ひっくり返してしまったからにほかならない。

分子や原子や素粒子といった物質が、時間と空間という名の入れ物の中に入っている。人はそう思い込んでいる。だが、物質を組み立てている部品の一つである「スピン」とよばれる素粒子の属性によって、逆に時間と空間を作ることができるとしたら、この大前提はもろくも崩れ去ることになる。

発想を転換して、

スピンが集まった状態を人は時間・空間と認識する

と言ってもいいことになるからだ。初めに時空ありき、ではなく、初めにスピンありき、と言ってもいい。

しからば、時空を作っているスピンとは、いったい何物ぞ?

スピンというのは、大きさのない点粒子がくるくると回っている状態であり、それは、相対性理論と量子力学の間に生まれた〝鬼っ子〞のような存在だ。

誰が注文したわけでもないのに、相対性理論と量子論をまぜて調理すると、いつのまにか「スピン」という名の得体の知れない料理メニューができあがった。これには、ゾンマーフェルト、パウリといった名だたる物理学の名シェフたちもびっくり仰天。はたしてお客様に出してよいものやら、皆目見当がつかず、右往左往してしまった。

スピンやツイスターについては、第4章を読んでいただきたいのだが、実は、このスピンをペアにした「ツイスター」(ねじれもの)なる奇妙な概念がペンローズの学問の真骨頂なのである。

というわけで、この本は、ペンローズの業績をたどることによって、

これまでとは違った相対論と量子論の見方と、鬼っ子「スピン」の素顔にせまる

ということを一応の目的としたい。

ペンローズの業績は、理論物理学と数学の非常に難解な部分に集中している。私の役割は、だから、高等数学を使わずに、その内容をうまく説明することにある。

最後に、途中、話がしばしば脱線することをお許しいただきたい。私は、あまり真面目にやると肩が凝って話ができなくなる質(たち)なのだ。なお、脱線には2種類あって、気分的なものと理論の説明の伏線とがある。ご注意めされ。