偽名の名刺を何枚も使い分ける、自衛隊「謎のエリート集団」の正体

渋谷・新宿・池袋・品川のアジトに出勤
週刊現代編集部

「別班員は、表の世界から姿を消した存在です。『年賀状を出すな』『防衛大学校の同期会に行くな』『自宅に表札を出すな』『通勤ルートは毎日変えろ』など細かく指示をされるのです」

活動は偽名で行われ、何枚もの名刺を使い分けることになる。髪の毛やひげを伸ばし、外から見て自衛官だと気づかれることはない。別班員同士もコードネームで呼び合うため、お互いの本名も知らない。もちろん家族にも何をしているのか明かすことは許されない。

陸軍中野学校の系譜

活動資金は豊富で、一切の支出には決裁が不要だ。領収書を提出する必要もないうえに、情報提供料の名目で一回300万円まで自由におカネを使うことができる

では、どんな自衛隊員が別班員になるのか。

「ある日突然、『小平学校の心理戦防護課程に行け』と言われ、訓練を受けることになります。その中で十数人いる同期中、首席になった者だけが、上から呼び出されて面接を受け、別班への配属を告げられるのです。そこには全く個人の意思はありません」

小平学校は、小平駐屯地にある陸上自衛隊の教育機関だ。情報、語学、警務、法務、会計、人事、システム・戦術の7部があり、情報教育部第2教育課にあるのが心理戦防護課程だ。'18年、富士駐屯地に情報学校が新設されたが、心理戦防護課程などは小平に残っている。

心理戦防護課程の履修を命じられた情報職種の自衛官は、約4ヵ月の間に、情報に関する座学、追跡、張り込み、尾行などの基礎訓練を受ける。

 

「狙った相手から100%話を聞けるよう訓練を受けています。例えば、ある地方都市の大手飲食店チェーンの社長に接触しろ、などという課題が与えられるのです」

自分の感情を完全にコントロールして、人を騙す技術を身に付ける。その教育内容は、「警察の外事・公安流」ではなく、小平学校の前身となった旧陸軍の「中野学校流」と似通っているという。

中野学校は、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や訓練を目的とした機関だ。'74年にフィリピン・ルバング島から帰国した元少尉、小野田寛郎が卒業したことでも知られる。元中野学校教官の藤原岩市が、小平学校の前身である調査学校の校長を務めるなど、中野学校と小平学校には連続性があった。さらに、心理戦防護課程を修了したものは旧陸軍の遺伝子が受け継がれていることを、身をもって体感する。

「心理戦防護課程の入校試験では、『先ほど行ったトイレのタイルの色は何色だったか』といった質問がされます。一方、旧陸軍中野学校の入校試験に関する証言では『いま、エレベーターに乗ってきて、感じたことはないか』と聞かれたとあります。この類似性に気づいた瞬間、思わず声を上げてしまいました」

心理戦防護課程の部屋には、小平学校の校長でさえ入れない。戦前の陸軍の教育を受け継ぐ小平学校から、別班員たちが巣立っていく。

別班の活動範囲は国内にとどまらない。中国、ロシア、韓国などに民間のダミー会社を作り、極秘活動をしている。本人が動けない場合、現地の協力者を買収し、軍事、政治などの情報を集めさせることもある。米軍の情報部隊やCIAとも頻繁に情報交換をするなど、日本国のスパイとして活動しているのだ。だが、その事実を認める関係者はいない。

「首相も防衛大臣も知らないのに、海外で危険な任務を与えられる。これは、明らかに文民統制を逸脱しています」