イラスト:葛城かえで・玉屋かつき・MICHE Company合同会社
# 日本史

西郷隆盛からハリウッド監督まで…成功者に共通する「心構え」

『西郷南洲遺訓』から見えてくること
 

藩士全員を救った西郷の命令

御存知の方も多いと思いますが、『西郷南洲遺訓』を書いたのは西郷隆盛ではありません。庄内藩の元藩士たちが書いたのです。

イラスト:葛城かえで・玉屋かつき・MICHE Company合同会社

戊辰戦争で負けたのに寛大な措置を受けた庄内藩の藩士が、鹿児島に引きこもった西郷に面会して筆記したものが『西郷南洲遺訓』です。

官軍と最後まで戦った藩と言えば庄内藩です。現在の山形県鶴岡市にお城の本丸が残っております。

そこは藤沢周平の小説の舞台でも有名なところです。昔鶴岡に行って一番びっくりしたのはお城です。藩庁があった鶴ケ岡城です。

あれだけ官軍と戦ったのだから会津藩の城ぐらい規模があると勝手に思っておりました。ところがあまりにも小さいのです。一般的に残っている地方都市の城より格段に小さい。

初めて見た時、「よくこれで官軍と戦ったなあ」と思いました。

鶴岡の駅から周りを見回すと三方が山に囲まれ、西側の日本海まで真平な平地が続きます。駅前の小さなホテルから西側を見ると、何の障害物もなく隆起した小山さえないので日本海が広がっているのがわかります。

つまり三方の山や峠を占領されれば逃げる場所がないのです。

戊辰戦争の時周りの山や峠を官軍に取られ、小さな鶴ケ岡城を守っていた庄内藩士は呆然としたことでしょう。最新式の鉄砲や大砲の玉が上から降ってくることになるのですから全滅または切腹も覚悟したと思います。

それが突然西郷の命令で攻撃中止となり、藩士の命が全員助かったのですから大恩を感じたのももっともなことです。

「いい人」であることは良いことか

敬天愛人」というと西郷隆盛ですが出典が本当はよくわかっておりません。西郷が好んで揮毫したのは確かです。

この「敬天愛人」という言葉なのですが、以前読んだ歴史学者の本によると中国人がこれを読むと笑いだすそうです。こんなことを信じているのはお人よしだと言うのです。

「敬天愛人」という言葉は説教臭いかもしれませんが、いい言葉だと思っておりましたので、ガッカリするとともに日本人は甘いのかなと思いました。

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ちょっと話はズレるのですが、中学の英語の教科書に「good-natured」という言葉が出てきました。辞書を開くと、「性格がよい」と出てくるのですが、他に「お人よし」という意味があることを発見しドキッとしました。

どうも大陸に住む人は厳しい風土や歴史の中で生きてきたせいなのか、「いい人」であることは必ずしもいい意味で捉えていないようです。大陸に住む外国人と日本人の生き方の美学が決定的に違うように思えるのです。

まあどちらにしても、わざわざ山形県から鹿児島の西郷に会いに行った人たちが感動して書き留めたのですから西郷隆盛という人は魅力あるいい人だったのでしょう。

西郷が残した言葉はたぶんにその後の日本人に影響したことは確かです。今でも漢文の教科書に出てきます。

「いい人」でありたいが「お人よし」にはなりたくないですよね。皆さんの中にもちょっと悩む人は多いでしょう。

しかし、もし「お人よし」と言われようが何と言われようが徹頭徹尾「敬天愛人」を信じて行動し後悔しない人は強い。損得勘定がないのですから。凡人の私にはできないのです。