ネットを分断した「BTSの原爆・ナチ問題」とは一体なんだったのか

また噴出した「反日」という不毛な言説
石田 健 プロフィール

Tシャツと衣装は問題なのか?

では「原爆Tシャツとナチス・モチーフの衣装は問題なのか?」という2つ目の問題はどうだろうか。結論から言うならば、Tシャツと衣装の問題は一緒くたに扱うべきではない。

まず原爆Tシャツであるが、これは日本への原爆投下を祝うものではなく、光復節という韓国において日本の植民地解放を祝うモチーフである。

原爆投下の写真がデザインされているため、結果的に日本からの非難を生むことになってしまったが、少なくともTシャツに書かれているメッセージは原爆称賛ではない。

加えて、もし本当に原爆Tシャツに怒りを覚えている人がいるならば、戦後日本が歩んできた原子力政策や現在の国際社会を取り巻く核兵器の問題についても無視することはできないだろう。

 

この問題については本稿で踏み込むものではないが、日本は戦後「唯一の被爆国」というメッセージを掲げてきたものの、国際的な核兵器を取り巻く環境は大きく変化しており、そこにおける日本の立ち位置も不安定なものとなっている。

こうした戦後史を忘却したまま、Tシャツの着用のみを非難して原爆投下という「歴史」について語ることは不十分だと言わざるを得ない。

そしてより重要な点は、原爆Tシャツに向けられた「反日」という批判と「ナチス礼賛」、あるいは控えめに言って「ナチスの肯定」はその文脈がまったく異なるということだ。

核兵器や原子力に関する国際的なコンセンサスが存在しないこととは対照的に、国際社会の戦後史は、ナチスによるホロコーストを筆頭とした第二次世界大戦の戦禍に対する反省から出発した。

ドイツ国内のみならず、ナチスをモチーフとした意匠・デザインについては各国で厳しい目が向けられているが、それらはナチスの愚行を解き明かすために積み重ねられてきた膨大な研究・知見の帰結である。

ナチスの問題は、単に"国際社会のコンセンサス"という1つのコードではなく、戦後積み上げられてきた人類の反省そのものなのである。

すなわち「原爆Tシャツとナチス・モチーフの衣装は問題なのか?」という問いに対しては、ナチス・モチーフの衣装は明確に問題化されるべきであり、原爆Tシャツとは区別するべきだろう。

念のため言えば、これは原爆Tシャツを着ることを推奨しているわけではない。原爆投下の日本には、数多くの朝鮮人が暮らしており、現在でも韓国には2300人もの被爆者が暮らしている。

「日本兵」として参戦した台湾人が戦後十分な補償を受けれなかった歴史が知られているが、同様に「日本人」として終戦を迎えた朝鮮人も戦後になって日韓両国から補償を受けられないなど困難な経験をしてきた。

こうした事実を念頭に置きつつ、われわれは原爆投下の歴史と向き合うべきであり、BTSの出演見送りという即時的な対応に収束することは決して望ましいものではないということだ。

所属事務所による謝罪文では、「この度問題提起された事案だけでなく、さまざまな社会、歴史、文化的な背景に対する理解を基盤に」活動を進めていくことが明記されているが、そのことを踏まえた思慮深いメッセージといえるはずだ。