人工生命に慰霊碑と花束を(後編)

生命1.0への道 第15回
藤崎 慎吾 プロフィール

ミイラ取りがミイラになった

岩崎さんはいろいろと悩んだ末、独学ではなかなかやれそうにないと考えたこともあって、結局、大学は理系の学部(名古屋大学農学部)に進んだ。逆に言えば、文系の科学史や科学哲学あるいはアートの分野に関しては、独学でもやれそうだと思っていたのだろう。つまり理系、文系、芸術の全部をやるつもりだったわけで、実際に全部やっているところがレオナルド・ダ・ビンチのようで恐ろしい。

それはともかく大学3年のときに、また岩崎さんは決定的な出会いをする。それは、とある研究所に貼られていたセミナーのポスターで、そこに「生物時計」という文字を見つけた。

「字面的に変な概念だなあと」思ったらしい。当時は教科書にも載っていない言葉だった。結局、そのセミナー自体には行かなかったが、くすぶっていた「科学とは何か」という興味から惹かれるものがあった。

生物時計というのは、体の中で睡眠や生活のリズムを司っているシステムだ。第11回では「体内時計」という言葉で紹介している。

「時計って人工物なわけですよ。だから生物時計というのは、時計という人工物を生命の中に見ることによってできる概念なんですね。逆に言うと時計を知らない人間が、生物時計というのに気づけたはずがないわけです」と岩崎さん。「人工物をモデルにして自然を解釈していくというその在りかた自体が、凄く面白いなと思いました」

ある意味、合成生物学にも通じる考えだろうか。

岩崎さんによれば、ヨーロッパにおける機械時計は12世紀に中国からもたらされて以降、19世紀に蒸気機関が現れるまで「人工物のトップ」に君臨し続けたという。つまり最先端の技術であり続けたわけだ。今で言えばコンピューターや人工知能(AI)のイメージだろうか。そして今日、人間の脳は、よくコンピューターやAIになぞらえられている。それと同様に12~19世紀の間、時計は生物のメタファーとして、しばしば使われていた。その延長線上に生物時計の発見がある。そうした経緯を、科学史や科学論的に研究してみたくなった。

しかし、その前にまず生物時計のことを深く知っておこうと、岡崎市の基礎生物学研究所に専門家を訪ねた。現在は名古屋大学名誉教授になっている近藤孝男(こんどう・たかお)さんだ。その研究室で学んでいるうちに、生物時計の科学的な解明自体が面白くなってしまった。つまり「ミイラ取りがミイラに」なって、そのまま現在に至っているというわけだ。

岩崎さんは近藤さんらとともに、シアノバクテリアの「時計遺伝子」を世界で初めて発見した。また自分たちが見つけた3種類の「時計タンパク質」とエネルギー源(ATP)を試験管の中で混ぜたところ、24時間で振動するリズムを生みだすことができた(注1)。これも世界初である。生物の体内で起きていることを、試験管内で再現できたわけで、これは第8回に出てきた「PUREシステム(無細胞タンパク質合成系)」にコンセプトとしてはよく似ている。

注1)もう少し詳しく言うと、3種類のタンパク質のうち1つの性質が、24時間周期で変化する溶液をつくった。黒い絵の具に白い絵の具を混ぜると灰色になるが、それからまた黒や白に戻るということはない。同様に通常の化学反応も一方向に進んで終わるのだが、時計タンパク質の場合は、なぜか黒くなったり白くなったりするようなことを、くり返すのだという。

名古屋大学から早稲田大学に移ってからは、実際に時計タンパク質が生物の体内で、どのようにさまざまな代謝や遺伝子の発現を調節しているか、また周囲の光環境がどのように影響しているか、といったことを調べている(写真4、5)。さらに時間的なリズムを空間にも広げて、生物の「形」に見られるパターンが、発生の過程で、どのように生みだされていくかという研究も始めた。これがアートにもつながっていく。

【写真】研究室のバクテリア
  写真4 岩崎さんの研究室では、時計遺伝子に変異のあるさまざまなシアノバクテリアが培養されている。通常は24時間周期で発現するはずなのだが、半分の12時間周期になったり、80時間くらいまで延びてしまったり、あるいはまったく止まってしまったりといったバクテリアが、数十種類いるという
【写真】培養器
  写真5 コインロッカーのような培養器(左)と、その内部。さまざまな温度や光の条件下で、時計遺伝子に変異のあるシアノバクテリアが、生物時計からどのような影響を受けるか調べている

切り絵とシアノバクテリアのセレンディピティ

時間的なリズムと、空間的なパターンについて、たとえ話をしておこう。台所からトントントンと、リズミカルな包丁の音が聞こえてくる。お母さんが(と、最近は決めつけてはいけないのだが)まな板の上で、野菜を切っているのだ。指先を器用にずらしながら、素早くいちょう切りにしていく。等間隔のリズムが、結果的に同じ厚みの扇形を、きれいに並べていくことになった。リズムがパターンに変換されたのである。

実は我々の背骨の1つ1つが、ほぼ同じ長さで並んでいるのも、発生の過程で似たような変換が起きているせいだ。そのもととなるリズムは、遺伝子の発現や化学反応が生みだしている。

ここで「微生物之塚」のてっぺんに刻まれていた模様を思いだしてほしい。前回は「多細胞性のシアノバクテリア」と、あっさり紹介したが、この数珠つなぎになりながら増殖していく細胞に、パターンが潜んでいる。そう、小さな細胞がいくつか並んだあと、大きな細胞が1つ入って、また小さな細胞が並ぶのだ。これはもっとネックレスのように長く延びていることが多いのだが、だいたい10個に1個の割合で、大きな細胞が出てくるのだという(写真6)。小さな細胞と大きな細胞とでは機能が異なっている。岩崎さんらは、このパターンを生みだすリズムが何かを突きとめようとしている。

多細胞性シアノバクテリアの模様と実物
  写真6 「微生物之塚」に刻まれている多細胞性シアノバクテリアの模様(上)と、実際の多細胞性シアノバクテリア(ネンジュモの仲間)

シアノバクテリアというのは多芸多才らしく、まるで渦を巻くように動きながら増殖して、面白いパターン(コロニー)をつくっていく種類もある。たとえば次のような画像を見てほしい(写真7)。

【写真】運動性シアノバクテリアのコロニー
  写真7 運動性シアノバクテリアがつくるコロニー ※YouTubeビデオ〈https://youtu.be/GJ2GBwAV5R8?t=171〉からのキャプチャー 拡大画像はこちら

どれも岩崎さんが近所の池から採取してきた運動性のシアノバクテリアが、増殖していく様子だ。じっと眺めていると、なんだかぞわぞわしてくる。まさに生きている感じだ。顕微鏡さえあれば、どこでも普通に観察できるのだが、これまであまり注目されてこなかった。

こうした複雑でありながら規則性もありそうなパターンは、どのようにしてできるのか。おそらく動きまわりながら増えていく過程に何らかのリズムがあって、それが空間的に表れていると考えられるが、岩崎さんらは、その詳しいメカニズムについて数理的なモデルを構築しようとしている。

それはそれとして、このシアノバクテリアがつくる模様を目にしたとき、岩崎さんは衝撃を受けた。なぜなら自分が創ってきた切り絵作品と、非常によく似ていると感じたからだ。では実際に作品の一部を、まずはストレートに眺めてみよう(写真8)。

【写真】岩崎さんの作品-全体
【写真】岩崎さんの作品-部分
  写真8 岩崎さんのアート作品。いちばん上が全体像で、あとは部分の拡大である 全体像の拡大画像はこちら 部分写真の拡大画像はこちら

確かに、よく似ている。岩崎さんは「そのときの自分にとってビビッドに感じられるもの」を描いているのだという。その「ビビッド」がシアノバクテリアだと「ぞわぞわ」感になるのかもしれない。

念のために断っておくと、岩崎さんがこのように抽象的な切り絵を始めたのは、シアノバクテリアに出会うずっと前だ。したがってバクテリアのつくる模様から影響を受けたわけではない。一種のセレンディピティと言えるだろう。

岩崎さんの場合、切り絵は基本的に即興である。つまり下絵などは描かない。上の作品の場合は黒い模造紙を広げてカッターを握り、思いつくまま切り刻んでいくのだ(写真9)。

「とにかく時間のかかる即興だっていうところが、普通の即興とちがうところです。また修正がきかないという意味では、絵とか文章とはちがう。ナイフで落書きをしている感じなんです。そうすると普通のペン画とちがって、とにかく時間がかかるので、これだと1ヵ月近くはかけている。黒いところがあるうちはエンドレスに続けられるので、今でもどんどん切っていくことは可能なんです。そういう意味で終わりは、あんまりない。ただ時間がかかる即興なので、紙を前にして考えている時間が長い。どちらかというと将棋で長考してから、次の一手を指すというのに近いんだと思います」

【写真】切り絵の作業をする岩崎さん
  写真9 切り絵の作業をする岩崎さん