介護で“施設難民”化はどうやったら避けられるか

親や配偶者のために知っておくべきこと
上村 悦子 プロフィール

「なんでこんな世界にはまり込んだんだろう」

しかし、妻は「介護される生活」にどうしても前向きになれない。できたことよりも、できないことを悔やむばかり。なかなか立ち直れず、Bさんに不満を訴えることが多かった。

そんな生活の中で最もつらかったのは、「いつも束縛されている感じがあったこと」だとBさんは言う。

「料理や洗濯、掃除、排泄の世話など、自分の体を動かしてこなす作業は、慣れてくれば大したことじゃない。でも、目に見えない縛りからは逃げることができないですから」

介護は仕事とは違う。仕事は自分の手でコントロールすることもできるが、介護は24時間365日やすみなく続くのだ。しかも、自分の思いどおりにいかないことばかり。

「妻はどんどん閉鎖的になっていき、私の『前向きになってほしい』という気持ちなどまったく伝わりませんでした。先行きの見えない妻の病気に対する不安もあった。『なんでこんな世界にはまり込んだんだろう』と思いました」

やがて妻は歩くのが困難になり、トイレにすら行けなくなった。妻のベッド横にポータブルトイレを置いたが、マヒがあるため、ベッドからトイレに移るとき隙間にずり落ちてしまうこともある。安全とはいえないため、Bさんが夜中に起きて、妻の排泄介助をせねばならなかった。

昼間の世話や家事はまだなんとかなる。だが、睡眠を削って介助をくり返す日々が長く続くと、介護熱心なBさんも、さすがに限界を感じはじめた。

Bさんは以前から、「自力でトイレに行けなくなった段階で、施設介護に切り替えてもいいか?」という相談を妻にして、了解を得ていた。妻の介護が始まって16年目、Bさんは自宅での介護から、妻を施設に預けることを決めた。

【写真】トイレに行けなくなるころから、介護施設へ預けることを考えはじめた
  自力でトイレに行けなくなるようになるころから、妻を施設に預けることを考えはじめた photo by iStock

施設で出会った「とんでもない管理職、職員」

施設探しでBさんが最初に入所を申し込んだのは、特別養護老人ホーム(特養)だった。介護保険制度で提供されている施設サービスの1つで、費用が比較的安くすみ最期まで暮らせるタイプの介護施設である。ところが「入所したいという方がたくさん待機していらっしゃるので、すぐには入れません」と断られた。

そこで、妻を担当しているケアマネジャー(介護の計画を立てる役職者。以下、「ケアマネ」)に施設を数ヵ所教えてもらい、自宅に近いところから当たってみることにした。

このときBさんが打診したのは、介護老人保険施設(老健)と呼ばれる施設である。これも介護保険制度上の施設サービスで、日常の世話だけでなく、リハビリなどある程度の医療的ケアまで受けられる。特養と違うのは、自宅に戻って生活できるところまで回復したら退居せねばならないこと。いわば“期間限定”の施設だが、特養に比べればまだ入りやすそうだった。

しかし、最初に入所した老健で、Bさんはすぐに不信感を抱いた。妻には長年服用していた薬があったが、山内さんはそれが合わないと感じていた。そこで入所にあたって、施設長に「ほかの薬に替えてほしい」と頼んだという。ところが施設長の口から出た言葉は、

「そんなことは知りません」

という信じられない返事だった。施設長は医師である。にもかかわらず、薬のケアをするつもりはないといいたいようだった。

食事介助のときも驚かされた。40〜50人の利用者に対して世話をする職員がわずか1人という有り様だったのだ。

また、職員の態度にあきれたこともある。ある日、妻の面会に訪れると、トイレの前で若い女性職員が腕組みをして大声で妻を叱っていた。

「昨日あれだけ教えてできるようになったのに、今日はなんでできないの! なんでそんなことばっかりしてんの!」

【写真】女性職員が大声で妻を叱っていた
  妻の面会に訪れると、若い女性職員が大声で妻を叱っていた photo by iStock

病気・障害で「できないこと」が多いから入所したのに、施設職員が「なんでできない!」と責めるのは筋違いも甚だしい。しかし、周囲はそんなことお構いなし。すぐそばでは、ほかの職員がゲラゲラ笑いながら雑談している。何とも異様な光景だった。その場で小言を言っても職員の反感を買うだけだと判断し、Bさんは黙っていたが、内心こう感じていた。

〈こんな所にいたら妻はだめになる。1日も早くここを出なければ〉

さっそく、ケアマネに苦情を伝えて、ほかの老健を紹介してもらえないかと頼んだ。ケアマネは丁重に謝ったが、「自信をもって勧められる施設はないので、自分の目で確かめて探してほしい」と言うばかり。匙を投げたも同然だった。