なぜ中国人は運転中のバス運転手に襲い掛かるのか

頻発する「自己中」事故の実態
北村 豊 プロフィール

驚愕、事故の車内で何が起きていたか

ところで、墜落した路線バスの運転手である冉涌(ぜんゆう)<男、42歳>は、事故当日の10月28日朝5時1分にバス会社へ出勤するために家を出た。その後、冉涌は5時50分に22号路線バスを運転して始発地点である万達広場を出発し、いつも通り22号の路線に沿ってバスを正常に運行していた。

事故が発生したのは冉涌が当日3回目となる22号路線バスの運転を行っていた時だった。

長江から引き上げられたバスの中から見つかったブラックボックスに入っていた監視カメラには、事故発生までの車内の状況が音声付の映像で映っていたが、その詳細は次の通り。

 

1)冉涌の運転する22号路線バスが龍都広場へ差し掛かかり、広場の交差点脇にある四季花城停留所から中年女性が乗車したのは9時35分だった。

彼女の目的地は壱号家居館停留所であり、通常ならば四季花城停留所から25分程の乗車で到着するはずだったが、同停留所を経由する道路は補修工事中であったため、バスの走行ルートは変更されていて、22号路線バスは壱号家居館停留所を経由せずに1つ先の南濱公園停留所へ到着した。

この時、運転手の冉涌は壱号家居館停留所で下車する予定だった乗客に対してここで下車して歩くように注意を促したが、中年女性はこれに気付かなかったのか、降りようとはしなかった。

ところが、バスが再び走り始めてしばらく行くと、女性はバスが壱号家居館停留所を通り過ぎたことに気付き、大声で冉涌に対して自分を下車させるよう要求した。

しかし、路線バスは停留所以外では止まれないので、次の停留所で止まるべく、冉涌は中年女性の要求を無視して運転を続けた。

2)10時3分32秒、中年女性は座席から立ち上がると運転している冉涌の右後方へ歩み寄り、運転席の横にある手すりの柱にもたれながら、バスを止めようとしない冉涌を大声で責め立てた。

冉涌は中年女性に対して停留所以外ではバスを停車させることはできない旨を何度も説明したが、中年女性は聞く耳を持たず、2人は激しく言い争った。

3)10時8分49秒、バスが万州長江二橋の上を南端から348メートルの所まで走行した時、中年女性は右手に持った携帯電話で冉涌の右側頭部を殴りつけた。

これに対して冉涌はハンドルから右手を放すと、身体を右にねじって中年女性の首筋を殴り返した。中年女性が再び携帯電話で冉涌の右肩を打つと、これを右手で防いだ冉涌は中年女性の右上腕部をつかんだ。

10時8分51秒、冉涌が右手を元に戻してハンドルを左方向へ切ると(この時バスの速度は時速51キロメートル)、車体はコントロールを失い、左側にコースを外れてセンターラインを越え、対抗車線を走って来た赤色の小型乗用車(車両は時速58キロメートル)と衝突し、その直後に橋の欄干を突き破って長江へ墜落した。

つまり、驚くことに、この事故は、乗客の中年女性が停留所以外の場所でバスの停車を求めて運転手に殴りかかったために、運転手がハンドル操作を誤ったことが原因だった。

中年女性と運転手が言い争いから身体的な衝突に発展したのに、乗客の誰1人として中年女性の暴力行為を止めさせようとしなかったことも、事故を誘発した大きな原因の1つだった。

事故の原因が乗客の中年女性による身勝手なバスの停車要求であったことがメディアによって報じられると、ネットユーザーが協力して種々の情報源を駆使して特定の人物をあぶり出す“人肉検索”が行われ、中年女性の身元が割れ、彼女の事情が判明した。

それによれば、女性は劉桂平<48歳>であり、彼女は龍都広場よりも万州長江二橋に近い御景江城に住み、バスで向かおうとしていた壱号家居館でカーテンの専門店を経営していた。

劉桂平は通常は自家用車で移動していたのに、事故当日はなぜか壱号家居館の店へ行くのに路線バスを利用したのだが、バスの運転手に身勝手な無理難題を要求した挙句に、運転手を含む何の罪もない14人を道連れにして、あの世へと旅立ったのだった。

犠牲者の中には25歳の母親に連れられた3歳と1歳の子供、そしてその祖母も含まれていた。