11月17日 湯川秀樹が中間子の理論を発表(1934年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1934年のこの日、物理学者の湯川秀樹は、東京で開催された日本数学物理学会において、「On the Interaction of Elementary Particles(素粒子の相互作用について)」と題する講演を行い、中間子仮説を世界で初めて発表しました。

中間子仮説とは、原子核がバラバラにならずに結合していられる理由を、中間子という未知の粒子によって説明したものです。

当時、物質の最小単位は、陽子、中性子、電子の3つだけだと考えられていたため、この説はあまり関心をもたれませんでしたが、1936年にアンダーソンが宇宙線のなかにミュー粒子を発見すると、湯川の提唱した未知の素粒子という可能性に注目が集まるようになります。

そして、さらに11年後の1947年、イギリスの物理学者セシル・フランク・パウエル(Cecil Frank Powell、1903-1969年)がパイ中間子を発見し、湯川の仮説の正しさが証明されたのです。

湯川が、アジア出身者として3人目、日本人として初めてノーベル賞を受賞したのは、それからわずか2年後の1949年のことでした。

【写真】述べる賞受賞のころ
  ノーベル賞を受賞した1949年頃の湯川 photo by gettyimages
「湯川は大学を卒業して研究者として歩みはじめたとき、すでに二つのテーマを見定めていました。
一つは陽子と中性子を結びつける核力の解明。
もう一つは、電磁場のような『場』に量子力学をあてはめる『場の量子論』の問題です」

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