悪女の魔の手が忍び寄る(Photo by iStock)

生まれ落ちた瞬間から悪女なはずはない。何が彼女を悪女にしたのか

ハッピーエンドとは何なのか

悲劇的な結末で

ハッピーエンドとはいったい何でしょう。

読者からいただくメールやお手紙で、よく訊ねられます。

『悲劇的な結末で泣けました。でも、主人公は自分の人生を生き抜いて満足したのだから、これはハッピーエンドですよね?』と。

たしかに、私がこれまで書いてきた物語は、いわゆる「めでたしめでたし」で終わらないことが多いのです。例えば、主人公が高い身分を得られなかったり、戦いで勝利できなかったり、恋しい相手と結ばれないまま終わることや、主人公が死んで完結する物語などもありました。

求めたものは手に入るのか(photo by iStock)

主人公は求めたものを手に入れることはできなかった。でも、読後感はそれほど悪くない。読者はそういう風に感じてくださったのだと思います。

だからこそ、著者の私に直接確かめたくなるのでしょう。悲劇的な結末であるにもかかわらず『これはハッピーエンドですよね? 違いますか?』と。

ハッピーエンドとは、いったい何でしょう

いくら地位や富を手に入れ、戦いで勝利をおさめ、立派な伴侶を得たところで、その人が幸せとは限りません。

今回『幸福の王子 エドマンド』と『虚飾の王妃 エンマ』という二つの物語を書き、二人の主人公が生きたそれぞれの日々を追いながら、あらためて考えました。ハッピーエンドとは何なのか。
 

おしつけられた難題

先に書き上げたのは『幸福の王子 エドマンド』です。

舞台は、ノルマン・コンクエスト前夜の、アングロ=サクソン王朝最末期のイングランド。男性主人公を書くのは久しぶりで、清々しい青年を楽しく書いていたら、途中まで読んだ担当編集が「エマの話も読みたい、榛名しおりに悪女を書かせたい」といいだしました。

脇役ではなく、主役で悪女を描いてほしいというのです。

王妃エマ(フランス語読みはエンマ)は、エドマンドの父王の再婚相手です。義母にあたりますが、エドマンドとそれほど年は離れていません。

二つの物語が「対」をなすように──つまりどちらを先に読んでもかまわず、どちらか片方だけでも楽しめるようにという難題もおしつけられました。