〔PHOTO〕立木義浩
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帝国ホテルの総料理長も愛飲するシングルモルトとは

タリスカー・ゴールデンアワー第20回(前編)

提供:MHD

『Pen』の連載「そして怪物たちは旅立った」に帝国ホテルの有名シェフ、“ムッシュ村上”こと村上信夫さんについて書いたことがある。それを読んだ帝国ホテルの現総料理長、田中健一郎さんから涙声で感謝の電話をもらった。

田中さんはすぐ後輩の帝国ホテルのシェフたちを数人連れて、ムッシュのお墓参りをして、大きな声を張り上げてわたしの拙文を朗読したという。

今回のゲストの田中健一郎さんは、専務執行役員総料理長という役職まで登りつめた方である。まずは尊敬してやまないムッシュの話から語ってもらうことにした。

(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)

* * *

ボブ: それでは、みなさんご一緒に、スランジバー!

一同: スランジバー!

田中: タリスカースパイシーハイボールは昼間に飲んでもじつに美味しいですね。

ボブ: ありがとうございます。まだ明るい時間だから、若干の罪悪感も合わさって、なおさら美味しく感じるのかもしれません(笑)。

ヒノ: 田中さんはプライベートでもタリスカースパイシーハイボールを飲まれているそうですね。

田中: はい、伊勢丹にあるシマジさんのバーにお邪魔したとき、ピートで燻製した黒胡椒と特製のペッパーミルも買わせていただきましたから、家でもよく飲んでいますよ。食前でも食後でも、シーンを選ばないところが気に入っています。

シマジ: それはどうもありがとうございます。ところで田中さん、帝国ホテルの料理人のなかで、総料理長まで登りつめた方は、村上ムッシュと田中さん以外で、いままでにどなたがいらっしゃるんですか?

田中: 村上さんとわたしだけです。わたしは“何もせんむ”のほうですが(笑)。

シマジ: ムッシュと田中さんの年齢は、いくつちがいだったんですか。

田中: ムッシュはぼくの30歳年上でした。

ボブ: まるで父と子の年の差ですね。そうすると、村上シェフにはじめてお会いしたのは田中さんがいくつのときだったなんですか。

田中: ぼくが高校を卒業して帝国ホテルに入社したのは19歳のときで、そのときはじめて村上シェフにお目にかかりました。

ヒノ: ということは村上信夫シェフが49歳のときですね。

田中: そういうことになりますね。すでにムッシュは帝国ホテルの総料理長でした。恰幅がよく、体重は100キロ近くあったんじゃないでしょうか。

シマジ: タッちゃんは当然、村上ムッシュを撮ったことがあるんでしょう?

立木: 村上さんのことはもちろん知っているけど、写したかなあ。記憶にございません。

シマジ: きっとありますよ。タッちゃんは何でも撮ってるんだから。

立木: 何でもじゃないっ!

シマジ: 村上ムッシュが汚れた鍋を洗い続けた下積みのエピソードは有名ですが、田中さんも同じように鍋洗いをやられたんですか?

田中: やりましたよ。入社して1年ちょっとは鍋ばかり洗ってましたね。朝は始発電車で行って、夜の10時半か11時まで、ひたすら鍋を洗っていました。

ヒノ: 強烈な話ですね。もちろん田中さん一人でじゃないんでしょう?

田中: はい、同僚が6、7人いました。最初は、朝食の部門へ行くんです。いまみたいにフッ素加工なんてない時代で、みんな銅鍋(あかなべ)ですから、スクランブルエッグなんかがビッシリへばりついているんですよ。それをやっと洗い終わったかと思うと、今度は宴会部門のローストパンが溜まっているから早く洗いにきてくれと言われて、いろんな調理場を回るんです。

シマジ: なるほど、そういう過酷な下積み経験があってこそ、いまの田中総料理長があるわけですね。

田中: いまから思えば、ですけどね。結局、鍋を洗っているうちにそこの職場の先輩に顔を覚えてもらい、先輩のシェフからいろいろ教えてもらうわけですよ。

シマジ: 徒弟制度の厳しい条件のなか、村上ムッシュは鍋洗いも天才だったそうですね。

田中: 村上ムッシュの時代と比べると、ぼくの時代はもうちょっと優しかったですよ。先輩にかわいがられると、少しずつ料理のことを教えてもらえるようになるんです。「おい、今日作ったソースだ。ちょっと味見してみろ」といった感じでね。

村上ムッシュのころは銅鍋が主流でした。銅鍋って、使うと黒ずんでくるんですね。それをムッシュは、休憩時間も返上してひたすらピカピカに磨き上げたそうです。そうしたら親方が、「最近やけに鍋がきれいになってるな。誰がこんなにきれいにしたんだ」と。

すると側近のシェフが、「鍋屋の村上がやっています」と言う。「おう、そうか。なかなか見どころがあるやつだな」という流れで、村上ムッシュは早い段階からいろいろなソースを味見させてもらったそうです。

ボブ: なるほど。戦前の職人の世界というのは封建社会そのものだったんですね。

田中: あの時代は出来のいい部下がいたら、自分は必要なくなっちゃうわけですよ。ですからムッシュがどうしてもわからない仕事を親方に訊いても教えてくれない。戦争に召集されたとき、やっと、「村上、もうおまえは死んじゃうかもしれないから教えてやるよ」と言われたそうです。そのときにはじめて親方の秘伝を教わったと聞いています。

ボブ: 田中さんは1年ちょっと“鍋屋”をやったあと、どうされたんですか。

田中: 鍋屋を卒業すると、今度はいろんな部署を回るんです。そこではじめて包丁に触れることになるんですよ。

シマジ: 田中さんは入社前、料理学校には行かれていませんよね。

田中: はい。当時の帝国ホテルは調理学校を出た人をあまり採らなかったんです。むしろ真っ白な人間を採用していました。

ボブ: そもそも田中さんはどうして料理人になろうと思ったんですか?

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