奇跡的に残された、ある外交機密費史料が語ること

公文書管理が重要な理由
井上 寿一 プロフィール

ハルビンを舞台にしたインテリジェンス外交

第一のインテリジェンス外交の主な舞台はハルビンだった。満州(現在の中国東北部)の国際都市ハルビンでは各国のスパイが暗躍していた。

ハルビンの日本総領事館の1931(昭和6)年度第Ⅳ四半期の受払報告書によれば、のべ4人の外国人に合計620円(現在の約112万円)の「諜報費」を支出している。「諜報費」を得た「密偵」の役割は、中国の蔣介石の国民政府や中国共産党軍の情報収集、ソ連の動向や国際共産主義活動の探査だった。

リットン調査団への接待

第二の接待外交は機密費支出の半ば近くを占めていた。たとえばさきのハルビン日本総領事館の1931年度第Ⅳ四半期の外交機密費支出約3300円のうち、約45パーセントが接待費である。

接待外交は二つの目的があった。一つは外交交渉において自国に有利な結果を導くことである。もう一つは軍部に対する「官官接待」である。軍部とのあいだのコミュニケーションを円滑にすることで、外務省は間接的に軍部をコントロールしようとしていた。

1932年にリットン調査団が極東を訪れる。リットン調査団に対する日中両国の接待外交が激しくなる。上海の最高級ホテル=キャセイ・ホテルにおける3月23日の日本公使主催の宴席費用は1513・40銀弗だった。1円=1・55銀弗=現在の約1800円で換算すれば、約176万円になる。キャセイ・ホテルの請求書によれば、内訳は夕食50人分、カクテル112杯分などだった。

東京駅に到着したリットン調査団

「官官接待」の方は例示するとつぎのようになる。同じ年の3月25日、ハルビンの高級料亭「武蔵野」の領収書は「三十三人様お連れ」となっていて、芸妓13人がついて総額302円90銭(現在の約54万円)である。

広報外交の一翼

第三の広報外交に関する機密費の支出でめだつのは、通信社の「聯合」の英文サービス活動を展開する「プレス・ユニオン」への資金提供である。

1933年の会計年度ベースで、年額2万1000(現在の約3780万円)が上海の公使館の外交機密費から支出されていた。関連して「プレス・ユニオン」の専務理事で「聯合」のジャーナリストだった松本重治個人に対しても、約1万6000銀弗(現在の約1860万円)を「上海における対外宣伝のため特別連絡費」として払っている。少なくない金額である。

「聯合」の記事は日本国内に向けて、「プレス・ユニオン」は中国や諸外国に向けて、それぞれ展開される広報外交の一翼を担った。