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坂上忍さんが語る「俺のおカネ論」

カネで追い込まれる経験も大切だ
坂上 忍 プロフィール

カネは自分の真実の姿を教えてくれる

最近では、預金通帳の数字が増えるのを見て、ひとりでこっそりと喜んでいる人が多いそうですが、じつのところ、本当は金の使い方を知らないんじゃないの? と勘繰ってしまいます。そういう意味では一度、金で追い込まれてみることです。途方に暮れるとはどういうことかを実感できますから。

 

ある日、僕は多摩川競艇場にいました。大金を賭けたレースが外れた後、汚い便所に行ったのですが、そこで幽体離脱をするように頭の先から自分がいなくなっていく感覚を味わいました。どうしようもない脱力感です。「俺が頑張って積み重ねてきたものは、競艇の一レースで消えていく程度のものなんだなあ。なんとまあ、ちっぽけなものなんだろう」という気分です。

といって、本当にすべてが終わるわけではありません。負けたことで、「今度、稼いだ金を賭けるときは必ず勝つ」という気分にさせてくれる。それが博打の不思議な魔力です。

ただし、そこで借金をしてまで打ち続けるようになると、最悪の方向に突き進むだけ。あくまでも、働けば取り返せる程度で負けるのが肝心です。それができれば、単に自分の金が多少なくなるだけで、金銭感覚を養ったり、普通の生活では味わえないスリルを味わったり、あるときは当たって儲けたりという、人生においての糧になり得ます。

男は若いときに、貧乏を味わったほうがいいというのが僕の考え。働かない貧乏ではなく、自分から貧乏になるのはいい経験になります。

さすがに博打に手を出すのは腰が引けるというなら、働いて稼いだ金を極端に使ってみるのもありじゃないかな。

普段なら3000円使うところを1万円使ってみるとか、手許に1万円あるなら3000円使って7000円残すのではなく、7000円使って3000円残すとか。どんな目的に使ってもいいのですが、若いときの極端な金の使い方は、どうなるかわからない将来の貯金よりも、生きていくうえで具体的に役に立つはずです。

金はなにを自分にもたらしてくれるのか、無駄な金の使い方はどんなもので、無駄に使うとどんな気持ちになるのか。ある程度の年齢になってまとまった金を持ったとき、きっとその経験を通して学んだことが活きるはずです。

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博打を当てて、一度だけ1年休んだ

博打で大勝負するとき、「これが当たったら、ちゃんと事務所のスタッフに給与を払って1年は休めるかも」というような夢を持っています。ウソのような本当の話ですが、一度だけその夢が叶って、まるまる1年間休んだこともあります。

そんな僕とは対照的に、世のなかにはどれだけ稼げば気が済むの? と思うほど働いている人がいます。多分、そういう人は仕事をしていないと気が休まらないのでしょうね。なんだか少しかわいそうな気もしますが、稼いでも稼いでも、将来の不安が消えないのかもしれません。

また、極限まで働いて、余生をのんびり過ごすために金を貯めるという人もいます。残念ながら、僕にはそういう考えは皆無です。「これで1年間、働かなくても暮らしていけるぞ!」という金が手に入ったら、本気で仕事をしません。

という思考なので、金があるのに仕事をする人にはあまり興味が湧きません。逆に、遊ぶために仕事をしている人のほうに魅力を感じてしまいます。仕事が遊び、なんてことを言う人がいますが、「ちょっと待った、なにを寝ぼけたこと言っちゃってんの?」って感じです。

LOTO7という宝くじは最高で10億円が当たるそうですが、そんなものが当たった日には、スタッフに退職金を渡して、「みんな今日までありがとう! 君たちのことは忘れないよ」と言い残し、そそくさと俳優業を引退するでしょう(笑)。もちろん、10億円を手に入れても、大好きな博打、女、酒、旅をやめることはないので、いつか金がなくなって、きっとまた働かないといけないのだけれど……。

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