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ダイアナ妃に惚れすぎて、映画オファーを断られた「超大物P」の話

ギャラはなんと2億円

ウッディ・アレンも熱狂

'81年に19歳の若さでチャールズ皇太子と婚約したダイアナ妃は、'97年に交通事故死するまで、魅力溢れるプリンセスとして、人々を熱狂させた。

生前、地雷除去活動などの慈善事業で知られていたダイアナ妃であるが、何といっても彼女の魅力はその美貌だった。

 

透き通る白い肌に、流れるようなブロンド、そして、青い目。スタイルも抜群な上、ファッションセンスもいい。まさにハリウッド女優顔負けの輝きを放っていた彼女を、俳優として「起用したい」と考えた映画監督も少なくなかったようだ。

実際、『アニー・ホール』などで知られ、アカデミー賞監督賞にも輝いたことがある巨匠ウッディ・アレンも、自身の作品へのダイアナ妃のキャスティングを、真剣に検討したことがあったという。

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徳間書店・初代社長の徳間康快も、ダイアナ妃に魅せられた人間の一人だった。『アサヒ芸能』を手がけ、『東京タイムズ』を発行する一方で、スタジオジブリから宮崎駿を世に送りだす—メディア業界で数々の実績を残した徳間は、「文化の仕掛け人」と呼ばれるほどの大プロデューサーとして知られる。

なかでも特段、映画に情熱を注いでいた徳間は、予算など度外視のこだわりで、徳間書店が配給した'97年の映画『阿片戦争』のキャスティングの際、実際にダイアナ妃に出演交渉を行っていた。彼女の役どころは19世紀、大英帝国の繁栄の象徴だったヴィクトリア女王で、ギャラは2億円だったという。

英王室の抵抗感を和らげるため、ヴィクトリア女王が阿片を中国に売ることに反対していたと、史実とは違う脚本に変えるなど、徳間は奔走した。

ダイアナ妃の出演部分を撮らずに残し、撮影を進めるほどの本気度だったが、当時、チャールズ皇太子との離婚問題を抱えていたダイアナ妃は、離婚が成立しないうちは王室からの許しが出ない、と出演を断ったという。

映画公開の同年、ダイアナ妃は非業の死を遂げる。彼女のスクリーンでの輝きを人々が見ることはついぞなかった。(井)

『週刊現代』2018年11月17日号より