東大・京大・早慶→一流企業のエリートが「日本ヤバイ」と言う理由

「出世」を求めるのはもうやめだ!
後嶋 隆一 プロフィール

「成功」とは何なのか

深夜に、そんな自分の気持ちを落ち着けるためにMBA入学のためのレジュメ(履歴書)を改めて見つめる。そこにある経歴は確かに輝かしい。でも、そこに決定的に欠けていると発見したのは、 “自分の意志”だった。自分は人生の大半をかけて何を成し遂げたいのか、もっと単純に、何に興味があるのか。そういう単純明快な目指すべき場所が感じ取れない。

「後嶋隆一」のメンバーが出会ったビジネススクール。ここで自分たちは「これだとヤバイ」を実感した 写真提供/後嶋隆一

ここにある経歴は、今自分が所属する会社という中で、成功するという意味においては、輝かしい。勉強、会社、あるいは社会という一定のルールの中においてうまくやれる、という点においては十分すぎる勲章だった。だけど、その先がない。

人は根源的な欲求は捨てられない。承認されたいし、出世もしたい。頭がいいといわれたいし、仕事ができるといわれたい。結局のところ、心の奥底まで問い詰めれば、私はそういった自己欲求を満たすためだけに全力で努力していたにすぎないんだ。なんということだろう。

 

「また随分と恥ずかしい話をさらけ出すではないか。こんな話、自分の心の中にしまっておきなよ、みっともない。 “エリート”なんていってるけど、所詮、“自称”なんだよ、後嶋さん。程度が知れている。もう時代は先を行っているよ」そういわれる読者もいるかもしれない。

日本のいわゆる古い企業文化や体質に捕らわれない、優れたビジネスリーダーが沢山出てきていることは勿論承知している。そういったリーダーを筆頭に日本社会も変わってきている。それは事実なんだろう。そういった点において、筆者として逆説的に言うのであれば、このコラムは多くのビジネスパーソンから嘲笑され、無視されれば、それが私にとっての本望だ。日本の現状を知らない、いち勘違い野郎のお笑い話で済むのであれば、それが一番いい。日本はこれからも安泰だ。

しかし、恥をさらけ出してまでこうして書いているのは、日本はずいぶんと変わってきているといっても、それでもまだ私と同じようなマインドセット(気持ち、考え方)をもって日々仕事に臨むビジネスパーソンが多いのではないかと疑っているからだ。