photo by Getty Images

「日本は変われない」という思い込みが本物の停滞を招いている

忖度・根回し文化すら爆速変化の土壌だ

いつまでも今のままだと思ってはいけない

先日、経団連会長が執務室にパソコンを持ち込み、メールを使い始めたことが、大きな騒ぎになった。いうまでもなく、「今頃になって」という反応だが、まさに日本の経済界の「変化のスピード」を象徴する出来事であろう。

危機感を感じる現場では絶え間ない改革を進めようとしているのに、トップがそれを制止するかどうかなど以前に、問題点そのものの理解さえできないのだ。多くの若い世代が閉塞感を感じるのも無理はない……。

「日本社会は変化に乏しく硬直的である」と良く言われる。確かに日本人が「安定」を志向しているのは事実である。

日本国憲法が戦後70年以上、1字・1句も変わらなかったことは確かに「世界の驚異=アンビリーバブル」だ。ちなみに、アジア初の近代的憲法である大日本帝国憲法も1889年の公布から1947年の日本国憲法施行まで半世紀以上にわたって1度も改正されていない。

さらに驚くべきことだが、地方新聞や地方銀行が各県に原則1つであるのも戦時中の総力戦政策、統制経済政策がそのまま維持されたものである。

昭和恐慌後から日中戦争期にかけて、それまで無数にあった新聞や地方銀行を政府が監督しやすいように整理統合したのだ。ちなみに今話題の岡野家率いるスルガ銀行は、政府からの横浜銀行との統合要請をはねつけて、独立を保った気骨ある銀行である。

そして、多くの日本企業も同じように、戦後も戦時中の産業報国会を継承したかのような統制経済下の、競争を回避する自主規制的風土をいまだに持っている。

さらに言えば、バブル崩壊後30年。日本経済・株価がいまだ低迷している。その根本原因も、経済体制、企業の在り方、雇用や社会が、戦時統制体制、戦後の中央官庁による護送船団方式、工業化などからの脱却ができていない点にあるという指摘がもっぱらだが、否定できない。

確かにそれらは事実である。が、これらを持って「日本社会は硬直的で変化に乏しい」と論じるのは浅はかである。むしろ、そう思い込んでしまっていることの方が、停滞を引き起こす要因になってはいないだろうか。それというのも、筆者が考える限り、日本社会も日本の企業文化も、もともと変化の可能性が高いはずだからである。

この今の日本に蔓延する思い込みについて論じたい。

 

すでに変革期は訪れている

インターネットの普及で「情報革命」が起こった影響も大きいが、これから述べるように、今まさに「日本の大変革期」に到来しているのだ。

注目すべきは、日本の130年近い憲法の歴史の中で、たった1回しか改正(形式上、日本国憲法は大日本帝国憲法の改正版)されていないが、その改正内容は「天地がひっくり返る」ほどの「激変」であったことである。

ちなみに、日本が製造業立国、貿易立国であるという世の中の思い込みが激しいが、日本においては歴史上貿易依存度が20%を基本的に超えたことは無く、国際的な基準で言えば「内需」の国である。

また、現在の製造業のGDPに占める比率は2割弱にしか過ぎない。すでに日本の経済は、サービスや金融・IT(ソフト)などで成り立っているのである。大変化の基盤は既に準備されている。

また、世界に目を向けても、1989年のベルリンの壁崩壊、1991年のソ連邦の崩壊以降約30年間続いてきた「グローバリズム」や、共産主義中国の発展は永遠に続くかの如く思われて来た。

しかし、今回の「米中貿易戦争」から「第2次冷戦」へと進展するたった数カ月で、世界が激変したのを読者は目の当たりにしているはずである。ベルリンの壁崩壊後の冷戦後体制は音を立てて崩れ、民主化できない共産主義中国やロシアなどの国々は世界経済から締め出されつつあるのである。

戦後70年余り、終戦時の若者、つまり今の80歳代、90歳代がいまだに権力を握っているのを目の当たりにしている若い世代は「やっぱり日本は変わらない」と思っているかもしれない。

しかし、これから述べるように、日本の激変期における変化は半端では無く、そこにビッグチャンスと危険とが隣り合わせで存在する。

ちなみに、デフレや低金利などの経済現象も、20年以上も続くと「当たり前」のように思える。しかし、経済の経験則から明らかなように、インフレや金利上昇は突然やってくる。デフレや金利低下はゆっくりした動きだが、インフレや金利上昇は激しい動きになるのが通例である。