SNSのせいで「見たいものだけが本物」と思う世の中になるなかで

芥川賞作家が描くリアルな物語
本谷 有希子

自意識とどう付き合っていくか

—現実から目を背け、画面の中に没入していた彼らには恐ろしい状況が待ち受けています。その描写は、滑稽でありながらも、ぞっとするほどリアルです。

ふだん、生活をしているなかでは、見たくないものに対してある程度目を背けても、さほど問題にはならないでしょう。でも時には、そうやって消し去ってきた現実に、足をすくわれることもあるのではないでしょうか。

その時、自分の見たいものだけが本物であると信じ続ける人がどうなってしまうのか。小説だからこそ極端なまでに描いてみたいと思いました。

 

—3篇目の「でぶのハッピーバースデー」では、揃って失業の憂き目に遭った夫婦が、自分たちの不幸の「印」である妻の酷い歯並びを敢えて撮影してネット上に投稿しようとします。

この夫婦は自分たちが不遇である原因を、妻の歯並びのせいにしています。ですが、生活が改善するにつれて、ただの負け犬として終わることを拒み、歪んだ形で自分たちの不幸を他人に「見せつける側」に立とうとする。そうやって幸せでない自分たちを見せることで、「人とは違う特別な自分」を認めさせようとします。

ここでは、SNSは彼らが生存していくエネルギーやモチベーションを生み出すきっかけになっている。人びとがSNSをどういう形で必要としているかはそれぞれに異なるし、異なっていいということも書いておきたかったのです。

—割れたスマホのようなデザインに、反転した「静かに、ねぇ、静かに」というタイトルが重ねられている表紙も印象的です。SNSに振り回される人への皮肉にも受け取れます。

まるで穏やかに語りかけているようなタイトルに思われるかもしれませんが、実はSNSを通じて他人の声が聞こえすぎている世の中に対する「静かな怒り」をイメージしてつけたものです。とはいえ、この作品でSNSを一概に否定しているつもりはありません。

実際、今の世の中は、SNSを活用したビジュアルづくりに長けている人たちが成功すると感じます。例えば、私が出演している『セブンルール』というドキュメンタリー番組で取り上げられる人達も、多くはSNSの扱い方が非常に巧い。私たちはもうSNSのない世界には戻れないし、戻る必要もないと思います。

—飄々とした調子の強かった前作『異類婚姻譚』に比べて、今作は全体的に皮肉が利いています。

やっぱり私はこういう意地悪なのが好きだなと思いながら、気持ちよく書き進めました(笑)。と同時に、不安を感じる部分もありました。わかりやすく救われたりはしないし、むしろ容赦なく突き放す内容なので、読んだ人が、いやな気持ちになって終わるだけなんじゃないかと心配になったのです。

でも、実際に読んで下さった方の反応を見ていると、私が想像したよりもずっと楽しみながら受け入れてくれている。読者のほうが、懐が深いことを改めて知り、自分がおこがましかったとすら思いました。

—全篇を通じて、「他人に自分を見てもらいたい」という私たち現代人に特有の自意識の強さがあぶり出されていて、思わずハッとさせられます。

若い頃の私は、自分が「その他の大勢」のうちの一人にすぎないということがなかなか認められず、「自分は人と違う」という自意識と折り合いをつけられずに悩んでいました。今でもやはり「過剰な自意識」が小説のテーマになっているのかもしれません。

「共感されるもの」ばかりが評価される世の中になり、誰もが人と同じであることに安心するという時代。それでも自分が「特別な存在」でありたいという欲望は、人間のなかから、そう簡単に消えないのではないかと思っています。(取材・文/倉本さおり)

『週刊現代』2018年11月17日号より