ある日突然、恋人が「難民」となり、国を出て生き延び結婚するまで

いまだ続く「シリア内戦」の一側面
小松 由佳 プロフィール

ゆったりとした時間や暮らしが…

ラドワンはパルミラの大家族に生まれた。彼の家族、アブドュルラティーフ一家はもともとはイラクにルーツを持つベドウィンだった。

一家は70代の父親と60代の母親に16人の子供(なんと母親は一人だ)、さらにその子供たちとその子供たちの四世代が同居する。総勢70名近い大所帯だ。

 

一家に出会った2008年から内戦が始まる2011年までの4年間、私は毎年その暮らしを見せてもらった。

放牧業を生業とする傍ら、一家は街の郊外にオリーブやざくろの果樹園を持ち、多種多様な仕事を分担する。

ラクダの放牧や家畜の世話、さらに男たちが担うのは果樹園での果実の収穫や草刈り、日干しレンガ造り、屠殺業や肉屋の経営だ。女たちも家事のほか、チーズ作りや羊毛の仕分けなど、およそ屋内でできるあらゆる仕事を担う。

昼食中、豆のディップを付け合っておふざけ。沙漠での放牧の合間に

生活に必要なものは可能な限り自分たちの手で生み出すのだ。暮らしは裕福とはいえないが、多様な仕事を持ち、得たものを分かち合う。そうした労働、日々の生活の全てが、彼らの信奉するイスラムの教義にのっとったものだ。

ラドワンは一家の16人兄妹のうち末っ子だ。主な仕事はラクダの放牧や日干しレンガ積み、朝夕の家畜の世話で、年の近い兄たちと日々の大半を沙漠で過ごした。

父や兄たちからは沙漠に生きる術を教わった。沙漠には道があること。砂粒の大きさや色、匂いなどに微細な違いがあり、同じ沙漠は一つとしてないこと。沙漠に生きた英雄たちの物語も教わった。それは彼らの父親、またその父親によって代々語り継がれてきたものだ。

自宅の中庭で憩うアブドュルラティーフ一家

ラドワンにとって最も愛する時間は、こうした沙漠の物語のなかに生きること。兄たちやラクダと沙漠で1日を過ごすことだった。絵の具を混ぜたように青く、赤く、黒く色づく沙漠の空の下にあって、この土地に生きている誇りを何より感じることができた。

ラドワンと家族のつつましくも賑やかな暮らし。そのゆったりとした大河のような時間は永遠に続くかと思われた。

だがシリアは2011年から始まった内戦によってわずか数年で不安定化し、沙漠に糧を求めた一家の暮らしさえも暗い渦の中に巻き込んでいった。