“無敵”の菅官房長官は、なぜ沖縄の選挙だけ読みを外すのか

オフレコメモに見る政権「必敗」の理由
石戸 諭 プロフィール

「全部基地につながっていく」

私の手元に、沖縄タイムスが2016年6月18日に発行した特別紙面がある。沖縄の面積が日本全体の0・6%なのに、米軍基地の負担率は74・4%に達すること。戦後10年目には沖縄の負担率は11%に過ぎなかったが、それが増えてきたこと。

何より圧巻は、詳細に調べ上げた米兵による犯罪の歴史だ。婦女暴行事件が起きても、日米地位協定によって捜査権、裁判権は制限され米軍が開いた法廷で「無罪」が言い渡される。そんなことが日常茶飯事で起きていたのが沖縄だった。

大きな県民運動に発展した1995年の米兵3人による少女暴行事件を最初に取材した地元紙記者に会うことができた。

《捜査を担当する沖縄県警捜査1課の次席(メディア対応の責任者)から本当に異例のことですが個別に呼ばれ、「こんな事件が起きている。もう少しだけ発表を待ってほしい」と要請を受けました。

その時点で被害者が少女であること、そして加害者の米兵が3人いて県警は彼らの名前まで割り出していた。

それでも沖縄の刑事はみんな知っています。これは自分たちが逮捕しても捜査が及ばない案件でもっと政治的な問題になる。中途半端な段階で捜査情報が漏れてしまうと、これ以上の情報が取れなくなる可能性がある。

ギリギリまで待ってほしいというのは、そういうお願いでした。彼らは自分たちの島で起きた凶悪事件なのに、容疑者がわかっていても何もできないことばかりなのです。できる限り被害者のために捜査をしたいんだという思いは伝わってきました。》

この事件がきっかけになり、1996年に普天間返還が電撃的発表とともに決まる。少女暴行事件の反対運動が起点となり、普天間を返すといった。それにもかかわらず「その代わりに新しい基地を作ってくれ」と要求があり、沖縄の辺野古に移設しますという話になっていく。

1995年の事件を皮切りに反基地の運動も加熱し始めた。写真は2016年の集会〔PHOTO〕Gettyimages

別の地元紙記者はこう話す。

《保守系の仲井真(弘多・前知事)さんですら普天間飛行場の辺野古移設は「差別に近い」と言っていた。少女暴行があって、普天間返還するといったのに、なぜ県内なのか。本当に県外を模索したのか。

大田昌秀知事の時代は「他の地域に同じ思いをさせたくはないから、日本から基地撤去」という主張でしたが、それだけでは一向に問題は解決しない。だから、辺野古新基地反対なんです。

どうしても基地が必要だっていうなら、沖縄は民意を何回も示しましたよ、だから政府の責任で別のところに作ってくださいなんです。

今の政権は選挙で民意が示されたと言っている。それなら沖縄はすでに何度も民意を示してきた。》

 

沖縄の民意は「必ずしも基地撤去ではないのだ」という。

《確かにアメリカ文化に触れる機会にもなっていますから基地はあってもいい。でも、例えば小学校の上を授業中に軍用機が通過するのはやめてほしい、夜間は訓練をやめてほしい、住宅地の上を低空飛行するのはやめてほしい……。

こういった小さな要求すら解決できないで、また基地を作ってくれという。これで民意を示しても、問題は解決されない。こういうことの連続なんですね。

沖縄の新聞は基地のことばかり書いていると本土の識者から批判されることもある。でもね……》と彼は一息ついて、語気を強める。

《事件を取材しても、生活のことを取材しても、教育のことを取材しても、子供の貧困を取材していても全部基地につながっていく。》

彼に勧められ、私は宜野湾市にある市立普天間第二小学校を訪れた。普天間飛行場に文字通り隣接する小学校で、2017年12月に訓練中の米軍ヘリの窓が校庭に落下した小学校だ。

いま、校庭には屋根付きの避難所がある。米軍の訓練中に危険だと思った児童が避難できるように設置されたものだ。せめて児童がいる間に小学校上空を飛行する訓練は見合わせるべきではないかという意見は考慮されない。

基地問題がなければそれはそれでいい。だが結果として、歴史の積み重ねの末に基地につながる問題が至るところにある。それが基地を抱える島で取材をするメディアのリアリズムだ。