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“無敵”の菅官房長官は、なぜ沖縄の選挙だけ読みを外すのか

オフレコメモに見る政権「必敗」の理由

沖縄県知事選から1ヵ月半が経った。

選挙では、辺野古への基地移設に反対する玉城デニー氏が圧勝したが、政府は相変わらず強硬な態度を崩していない。10月末には、沖縄県による「辺野古埋め立て承認撤回処分」の効力を一時停止すると国土交通相が表明。玉城氏が怒りもあらわに反発する場面もあった。

11月11日からは玉城氏が訪米、来年には基地移設をめぐる県民投票も予定されており、沖縄は今後いっそう重要な局面を迎える。県知事選が終わったいまこそ、じっくり「沖縄と本土」を考えるときだ。

その際、重要なヒントとなるのが、菅義偉官房長官が県知事選の「読み」を外したという事実である。誰よりも日本の統治構造を熟知し、自信を持って選挙に臨んだ菅氏は、なぜ読みを外したのか。そこから見えてくるのは沖縄が背負ってきた歴史の重み、そしてそれを軽視することの意味だ。

沖縄戦を知る「反復帰運動」の重鎮、1995年の少女暴行事件を取材した記者など、ノンフィクションライターの石戸諭氏が現地で聞き取った様々な「声」から、沖縄のいままでとこれからを読み解く。沖縄県知事選ルポルタージュ。

第一回 「翁長君は誤解されている」元知事が明かす沖縄、不条理の正体
第二回 なぜ沖縄県知事選の世論調査は「あてにならない」と言われるのか

第三回 玉城デニーを勝たせた「翁長の幽霊」、呼び覚まされた沖縄の怒り

不幸を背負った、一人の子供

沖縄について考えるとき、いつも思い出してしまうある寓話から話を始めたい。

ゲド戦記』で知られるアーシュラ・K・ル・グィンによる「オメラスから歩み去る人々」である。

オメラス、それはどこか遠くにある美しい都であり、ある種の理想郷を体現している場所だ。そこに住む人々は、子供達も含めてみんなが幸福であり、土地は美しく、僧侶や軍人、国王もおらず、奴隷制や君主制とも無縁な世界が築かれている。

すべての子供は慈しみをうけて、心にやましさ一つない。平和で安全な暮らし、豊かに繁栄した経済、誰もが不満をもたない暮らしを享受しているのだ。だが、オメラスにはもう一つの現実がある。その平和と繁栄が、ある犠牲のもとで成り立っているという現実だ。

犠牲となっているのは公共建造物の地下にある小部屋に幽閉されている一人の子供だ。男女の見分けがつかず、6歳くらいの身体だが実際には10歳に達している。食事は1日に鉢半分のトウモロコシ粉と獣脂だけを与えられ、裸のまま幽閉されている。

「おとなしくするから、出してちょうだい」と言われても答えてはいけない。この子供にすべての不幸が負ぶさっており、優しい声をかけたら最後、オメラスの幸福、美しさ、子供たちの健康、知恵や温和な気候はすべて崩壊する。

オメラスに住むすべての人々はこの現実を知っている。一人に不幸を背負わせるか、何千何万という人々の幸福を崩壊させるか。現実を知った人々のなかには家に帰らない人たちもいる。彼らは幸福な都暮らしを捨てて、どこかに歩み去っていく――。

 

菅官房長官が見せていた圧倒的な自信

選挙戦が本格化した2018年9月2日、沖縄・那覇市内で官房長官・菅義偉が引き連れた番記者を前にオフレコを条件にこう語った。

「自公が組めば1+1が3にもなる。自民+公明+下ちゃん(※維新の下地幹郎・衆院議員。前回県知事選で約7万票を獲得)でやれば勝てる。名護市長選と同じだ」

「(玉城デニーは)伸びない。翁長さんほどは伸びないでしょ。彼は弔いから一番遠い候補だから」「沖縄の人は冷静。根っこには(オール沖縄への)嫌気がある」

私たちが入手した菅のオフレコメモには、政権の論理が記されていた。沖縄県知事選で与党系候補を勝利に導くべく、菅の力の入れようがうかがえる。

菅義偉官房長官〔PHOTO〕Gettyimages

9月30日の沖縄県知事選で玉城は39万6632票という歴代最多得票で圧倒している。地元メディアの出口調査では10代、20代で自民系候補とほぼイーブン、30代から10ポイント前後の差がつき、50代以降は30ポイント以上の差がついている。

その理由はすでに多くの分析が出ているのでここでは深入りしない。問題は国政選挙においても、自民党の総裁選においても読み間違いがない菅が、沖縄ではことごとく読みを外しているという事実だ。

彼はこんなことも口にしている。

「総裁選はもうやることはない。沖縄はどんどん追い上げている。15日、16日にもう一度世論調査をするけど、これで手に届く数字が出るはず」(9月12日、オフレコメモ)
「ここは最終的にうちが勝つから。(自公維で組む)勝利の方程式でやってるからね」(同)

菅が自信を見せていた理由はわかる。今回の県知事選までの経緯を振り返っておこう。自民党沖縄県連のボス的存在だった翁長雄志が普天間飛行場の辺野古移転を巡って反対を打ち出したのが2014年の県知事選だった。

自民党の支持基盤だった経済界の一部、そして革新陣営を巻き込む形で知事選を圧倒的な票差で勝利した。沖縄で続いた保守・革新の対立に終止符を打ち「オール沖縄」で戦う。これが翁長らを支えたストーリーだった。

ところが、この選挙をピークに翁長を支えたオール沖縄はジリ貧の戦いを強いられることになる。

勢いには徐々に陰りがでて、辺野古移設が「唯一の解決策」「粛々と進める」という安倍政権の交渉術を前に手詰まり感が出てきた。菅はさらに沖縄振興予算の減額という揺さぶりをかける。

辺野古移設を認める県知事には振興予算の増額を、移設に反対するなら予算の減額という、ある意味でわかりやすい策をとる。

これはじわじわと効いていた。オール沖縄は2018年に入ってからも、絶対に落とせない選挙と位置付けていた名護市長選で、自民・公明・維新が推す候補に敗れた。敗れた候補はオール沖縄の中核メンバーで選挙戦序盤は当初は圧倒的優勢がささやれていた。それにもかかわらず、追い上げられ、最後は逆転されるばかりかリードを広げられ敗れる。

考えうる限り、菅にとっては最良の、翁長らにとっては最悪の選挙になった。

内部からも「我慢の限界」とばかりに飛び出す人たちもでて、オール沖縄は崩壊寸前となり、追い打ちをかけるように翁長も任期途中にすい臓がんで死去する。

2014年と同じような選挙戦にはならない。「名護と同じように戦えば勝てる」、当初のリードなんて問題ないと菅が考えたのは当然だろう。ところが、国政では圧勝を約束してくれる勝利の方程式は見事に崩された。