団☆新感線×宮藤官九郎による『メタルマクベス』disc3(IHIステージアラウンド東京)、絶賛公演中!

古田新太に「歩くキャッシュディスペンサー」と呼ばれた男

劇団☆新感線プロデューサーの舞台裏

日本初の客席が回転する劇場「IHIステージアラウンド東京」(東京・豊洲)がオープンしたのが2017年3月。以来、今年の大晦日まで1年9ヶ月に渡るロングラン公演でずっとステージを守ってきたのが、「劇団☆新感線」だ。11月9日から始まる「メタルマクベス」disc3までの観客動員数は70万人を超える見込みで、演劇としてケタ違いの集客力を現実のものにした。

いまや、すっかりオバケ劇団となった劇団☆新感線。そのプロデューサーである細川展裕は34年前、演劇界に足を踏み入れ、「舞台俳優は食えない」という演劇界の常識を覆し続けてきた。細川にどんな秘密があるのか。

今年還暦を迎えるにあたり、細川は『演劇プロデューサーという仕事 「第三舞台」と「劇団☆新感線」はなぜヒットしたのか』を出版した
 

仕事は「演劇を通じて雇用を生み出すこと」

劇団☆新感線の看板俳優・古田新太はいまも、30年前のことが忘れられない。大阪を拠点としていた新感線の劇団員・古田は当時、関西では人気を得ていたが、東京のステージに立ったことがなかった。そんな古田が、細川がプロデュースする芝居で役をもらい、初めて“東京出張”していたとき、その「忘れられない出来事」が起こった。

貧乏俳優だった古田は東京での宿泊費がない。細川がプロデューサーを務める劇団「第三舞台」が照明倉庫に使っていた部屋を借りて寝泊まりした。もちろん芝居のあとの飲み代もない。そこで古田は思いつく。「細川さんに芝居の出演料を前借りしよう」。数日おきに、「2万円貸してください」「3万円貸してください」と言いにいった。すると、細川はきまって「ああ」とだけ言って金を渡してくれた。古田は細川のことを「歩くキャッシュディスペンサー」だと思い、約2ヶ月の出張中に前借りを繰り返した。

芝居の千秋楽が終わって、借金総額を聞いた古田は驚いた。「出演料を遥かに超えて、とても払える額ではない」。古田はこのときのことをこう振り返る。

「普通なら、大阪に戻ってからバイトするのでコツコツ返します、という話になるんだけど、細川さんはそうは言わずに、『第三舞台の俳優が出演しているテレビ番組があるから、それに出て行け』って言った。それで、オイラがその番組に出演したら借金をチャラにしてくれた」

以降、古田は細川から声がかかるたびに“東京出張”を繰り返した。古田の演技は東京のエンタメ制作者の目に止まるようになる。いまや、芝居と映像の世界を縦横無尽に突っ走る古田の活躍の起点は、30年前の“東京出張”にあった。

演劇プロデューサーの仕事とはなにか。キャスティングや製作費の計算などが主な業務だが、細川いわく「演劇を通じて雇用を生み出すこと」。だから、この出来事についても「役者が芝居と関係ないアルバイトで稼いだ金で借金を返すより、芝居の仕事を回して返済したほうがいいに決まっているでしょ」と話す。

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昔から知る人たちは決まって、「すっと人に近づいて懐深く入り、いつの間にか大昔からの友人のような関係になる人」と細川を評する。人の心をわしづかみにして才能を開花させるツボを知り尽くす−−細川が天から与えられたものなのかもしれない。