人類史全体をダイナミックに再考する「アフリカ史」の試み

『新書アフリカ史』大改訂への想い
宮本 正興, 松田 素二 プロフィール

「アフリカ」とは何か?

とはいえ、この壮大な展望に至るまでに、今一度「アフリカとは何であったか」を深く考えるべきだろう。

今日のアフリカは、大西洋の向こう側からの500年にもおよぶ一方的で暴力的な攻撃と破壊、200年にわたる支配と抑圧という大きな人為的で組織的で具体的な行動にそって構成され、その歴史を生き抜いてきた人々の膨大な生の蓄積のうえにつくりあげられてきた。

したがって、このアフリカという「領域」を取り払って、一挙に、「地球市民の世界史」に到達することはできない。アフリカを外部から形作ってきた理不尽な力を暴き、その力と対峙しながら生を営んできた人々の力に焦点を当てるためにも、今日さらに「アフリカ史」は必要とされているのである。

先に述べたように、今からほんの50年前まで、欧米の歴史学界では、依然として「アフリカに歴史はない」という見方が強固に存在した。トレバー・ローパーが述べた「アフリカに歴史はない。強いてあげるならばアフリカにはヨーロッパ人の歴史のみが存在している」という認識が支配的だった。

1970年代以降になってもその傾向は変わることはなく、たとえばこの時期に初の本格的アフリカ通史として刊行された『ケンブリッジ アフリカ史』全8巻は、その半数を占める4巻が19世紀から20世紀にかけての植民地史(すなわちヨーロッパ史の一部)の記述にあてられ、アフリカ史にアプローチする方法や意味について記述した巻はなかった。

このような取り扱いを受けてきたアフリカ史という学問は、たんにアフリカという「領域」の歴史を研究する歴史学の一分野ではない。アフリカ史にアプローチするということは、これまで自分自身を支えてきた世界観を再考し再創造する営みでもある。

それは文字中心の歴史観(文字のあるところが文明であり文字を通して過去を明らかにするのが歴史)であったり、理性中心の歴史観(理性にもとづく政治制度、経済システム、社会秩序が人類史における普遍的な正しさである)、さらには近代的な人間観(文字を操り、沈着冷静な理性的能力をもつ、自律した自由な個人を至高とする人間観)を根源的に再検討してもう一つの別の世界の在り方を模索しようという知の挑戦に他ならない。

それは人類文明史におけるアフリカの位置を定め、歴史に対するアフリカ人の自立的で主体的な貢献を積極的に評価するだけではなく、アフリカという一つの大陸の歩みを活写することで、アフリカからみた世界史像を提出し、人類史全体を捉え直そうという挑戦なのである。

今日の世界でアフリカ史を学ぶことは、こうした野心的な知的挑戦につながる営みであり、「改訂新版」を通してこの営みをともに進めていくことができればそれにまさる喜びはない。