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人類史全体をダイナミックに再考する「アフリカ史」の試み

『新書アフリカ史』大改訂への想い

「援助」から「投資」の対象へ

『新書アフリカ史』の初版が世に出たのは、1997年だった。「アフリカもの」は売れない、という出版界の「常識」に反して、幸いにも今日まで21刷まで重ねてきた。

しかしながら激動の世界の中でも、とりわけ変化の激しいアフリカの現代史に関しては、この20年間の変貌を描かない「アフリカ史」は読者の期待を大きく裏切ることになるだろう。

ここに現代史部分を新たに加えるだけでなく、従来の記述も新しい知見や主張に基づいて内容を大幅に見直し、新たに「改訂新版」として刊行することとした。

さらに改訂新版では、アフリカの過去と現在だけでなく、未来を展望する試みを導入した。そのために、新たにアフリカ史をジェンダーの視点で捉える可能性や、アフリカの社会や文化が外部の諸条件と交流・相互作用しながらつくりあげてきた「アフリカ的視点」をこれからの人類社会の未来にとっての一つの資産とする可能性について(それを「アフリカ潜在力」と呼んで)検討を試みた。

「改訂新版」の特徴は以下の2点に要約できるだろう。第1は、21世紀の現代アフリカ社会のダイナミズムを提示している点であり、第2は、今日、この社会においてアフリカ史を考える思想に関わることである。

まず第1の特徴から説明しよう。初版が刊行された1990年代のアフリカは、文字通り、「絶望の大陸」だった。内戦、虐殺、政治的動乱、あるいは国民経済の破綻、マイナス成長、失業、貧困さらにはHIV/エイズの蔓延や環境破壊などなど、アフリカ社会には、「問題」それも解決の兆しが見えない深刻な「危機」が充満していた。

この時代、アフリカは、グローバル社会の「お荷物」として、「救済と同情」の対象でありつづけたのである。

しかし21世紀にはいると、状況は一変した。世界市場における天然資源価格の高騰を背景に、金、ダイヤモンド、石油などを切り札にしてアフリカ経済は急速に成長軌道にのり、一時期はグローバル経済を牽引する成長エンジンの一つとさえみなされるようになった。

これに呼応して、日本や欧米がほぼ1〜2パーセントの成長に甘んじているなかで、年率5パーセント近い成長を維持してきた。国民一人当たりの所得をとっても、赤道ギニアのように年間2万ドルに手が届こうという国も出現している。

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1990年代とは大きく異なり、国際社会はアフリカを「援助」の対象ではなく、「投資」の対象としてみなすようになった。

このことは、1993年以来、日本が主催してきた「アフリカ開発会議(TICAD)」の重点目標を見ても一目瞭然である。1990年代は、日本にとってアフリカは、かつて日本が国際社会に助けてもらって戦後復興を成し遂げた「恩返し」の対象であった。

「援助の実施はアフリカ諸国が先進国の基準(よき統治)を受け入れるかどうか(TICAD Ⅰ、1993年)」とか「苦しむアフリカに協力と支援の手を差し伸べる(TICAD Ⅱ、1998年)」というのが基本姿勢であった。

しかし21世紀にはいると、「成長に向けたパートナー」に変化している。これはこの間、世界のグローバル化が急激に進行し、アフリカもそして日本も複雑で大きな政治・経済・文化・社会構造の中に組み込まれていることの証明でもある。

その一つの要素が、この20年間に急激に拡大したアフリカにおける中国の存在だろう。中国のアフリカに進出する企業数は日本企業の3倍、貿易額では7倍、在留者数ではじつに100倍、と中国の存在はアフリカのどの国においても日本を圧倒している。

中国ファクターと同様、グローバル化時代のアフリカには、「アルカイーダ」「ボコ・ハラム」「アッシャバーブ」「IS(イスラーム国)」とそれに対する「テロとの戦争」といった世界的な対峙の構造が激しく発現している。アフリカ社会はこうしたグローバルな政治力学・経済システムのなかで、常に流動し変容しながら現代史を生きているのである。