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「左翼的に感じられるもの」を責める、その風潮はいつ生まれたのか

2009年政権交代という画期

「左翼的に感じられる」ものをなんとなく責める

シリアで武装勢力に拘束されていたジャーナリストについての批難をインターネットで見かける。

文句を言っているポイントはいろいろである。つまりわかりやすい瑕疵があって、そこを責めてるわけではない。「なんとなくこの人の雰囲気が嫌いだ」という気分で責めているようにおもう。

それは「左翼的に感じられる」部分に集中しているようだ。

日本政府と対立し(現地を取材する戦場ジャーナリストであるかぎりは対立せざるをえないようだが)、そしてその態度に誇りをもっているような振る舞いが、それがインターネットで嫌われているように見える。

ポイントは政府に対立する行動に「誇りを持っている」というところだとおもう。
「左翼的行動をしていて、それについて語るときに偉そうである」ということもできる。その部分に対して、生理的に拒否しているのだ。
 
2010年代は、地道な反政府活動をする人たちと、それをとにかく批判する人たちがみごとに分かれていった時代でもあった。持ち歩けるインターネット情報「スマホ」の普及によって、いろんな人が軽い議論に加われるようになり、極端化していった。

2010年代のそういう対立のもとには、2009年からの民主党政権の成立があったようにおもう。

 

民主党政権は左翼政権などではなかったが、でも「反自民」ではあった(反自民でしかなかったのだが)。「反自民」を単純化すれば、「反権力」となる。左翼思想が好きな人たちも吸い寄せられる看板である。

自民党の支持者ながらいちど「お灸を据える」つもりの人から、なんとなくそのときの空気がいやになっていた人たち、そして市民活動好きの反権力の人までが混じって、民主党政権が生まれていた。

あの、2009年の奇妙な情熱と、そのあとの落胆ぶりが、「左翼活動を自慢げにやっている人たちへの強い拒否反応」のおおもとにあるような気がする。

2009年夏の盛り上がりが、その後の奇妙な対立のもとになっているのではないだろうか。

政権交代を生んだ「空気」

2009年の政権交代が起こる直前、日本社会はとても奇妙な雰囲気になっていた。

前年2008年に福田康夫政権から、麻生太郎政権へと代わり、自民党の人気はどんどんと落ちていった。

背景としていえば、小泉純一郎政権が進めてきた政策のツケがまわってきた、というところだったのだろう。自分のことは自分でやれ、力なきものは去れ、という方向で進められていった改革は、かけ声勇ましく、そのぶん社会の空気が変わり、小泉が退いてからのち、なんだか息苦しくなっていった。

いったい何をやっているんだろう、とおもっているころに、「リーマンショック」に襲われ、社会がぐらぐらしているように感じだした。

麻生太郎は、その政治的な資質や才能とはべつに、「ふつうに喋っているだけで、ちょっといらっとさせる」という部分が目立つ政治家である。明治大正のころの貴族院議員だったらそれでもよかったのだが、21世紀の総理大臣としてはなかなか厳しい。

格好の標的に〔PHOTO〕Gettyimages

“よくわからないが何だか窮屈な感じがする”という世相では、不平不満をぶつけるには格好の標的となってしまった。みるみる人気を落としていく。漢字の読み間違いをしきりに指摘され、それで信頼を失っていったような感がある。大衆社会とはそういうものなのだろう。漢字の読み間違いからの政権交代のようであった(もちろんそんなわけはない)。