──2.3倍とはすごい差ですね。
私も驚きました。
──PM2.5の窒素化合物が運び込まれる海域ならばどこでも植物プランクトンが増大している、と考えてよろしいでしょうか。
そうとは言えません。たとえば亜寒帯海域では、大気由来の窒素化合物の効果は見られませんでした。この海域はもともと栄養塩が豊富なためだと思います。
一方、栄養塩の乏しい海域においては、大気から供給されるPM2.5等の窒素化合物の影響が大きいことが明らかになりました。
海洋生態系の変動に大気の寄与もありうる、ということになります。
──結合したモデルによるシミュレーションから、PM2.5の興味深い役割が突き止められましたね。
今回のシミュレーションによる植物プランクトン分布は、人工衛星による観測データとも整合性がとれ、裏付けられています。
これまでのCOCO-NEMUROだけを使ったシミュレーションでは、⼤気からの栄養供給過程を考慮しない場合について、特に亜熱帯海域において衛星データを再現できていませんでした。これは、まだ考慮していないプロセスが残されていた、ということです。
しかし今回、COCO-NEMUROとWRF-CMAQを結合してさまざまなプロセスを試行錯誤で組み込むことで、衛星データを再現することができました。
つまり、今回新たに組み込んだ大気からの栄養塩供給プロセスにより、モデルの精緻化が進んだことを意味します。
人工衛星は広範囲を観測できますが、データ解析から得られる情報は海表面の植物プランクトン分布にとどまります。しかし、(数値)シミュレーションならば、「実海洋に基づく植物プランクトンの分布を再現するのにどのようなプロセスが重要か」に関する情報までも、得ることができるのです。
今回で言えば、「栄養塩が乏しい海域では、大気中のPM2.5等からの栄養塩供給というメカニズムが重要である」ということを示すことができました。
さらに言えば、シミュレーションを実施することで、表層の植物プランクトンをもとに深層への影響を調べたり、動物プランクトンなどほかの要素の変動に対する推察をすることが可能になると考えられます。
──分野横断型の研究チームで取り組んだからこそ実現したモデルですね。今後はどのような研究をする予定ですか?
「大気汚染物質」というのは、実はPM2.5のごく一部の側面でしかありません。
PM2.5は太陽光を吸収・散乱して気候変動などにも非常に重要な役割を果たします。また、雲の形成の核になることもあります。PM2.5は、自然界のプロセスにおいてキーとなる物質なのです(図11)。
私は、地球システムの中でPM2.5を含むエアロゾルの時空間分布や、物理的化学特性、プロセスを詳細に把握し、気候・生態系システムへの関わりを解明することを目指しています。
──PM2.5はネガティブなイメージが先行しがちですが、地球システムにおいて重要な存在なのですね。ありがとうございました。
【この研究のプレスリリース】
PM2.5の窒素成分は植物プランクトン量の増大に寄与―日本南方海域における大気物質と海洋生態系の意外なリンク―