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ハーバード大が入試で「人種差別」?訴訟の背景を読み解く

アジア系アメリカ人という存在の複雑さ
吉原 真里 プロフィール

しかし、こうした描写は、アジア系アメリカ人を賞賛しているようでいて、じっさいの意図や効果はもっと複雑なものであった。

アメリカ経済全体が豊かになる中でもアフリカ系アメリカ人への差別が依然として蔓延し、人種暴動や公民権運動で緊張の高まる社会において、「モデル・マイノリティ」としてのアジア系アメリカ人の表象は、アフリカ系アメリカ人やメキシコ移民の権利保護や地位向上のための政策に反対するための道具として使われることが多かった。

アジア系アメリカ人は、特別な優遇政策など受けずに、文句も言わずに勉学や仕事に励んで差別を克服して、立派なミドルクラスになったのだから、黒人やヒスパニックも、生活保護を受けながらデモ行進やストライキなどしているひまがあったら、アジア人と同様に努力で上昇すればよいのだ、という理屈である。

こうした論理は、アフリカ系アメリカ人やメキシコ移民とアジア系アメリカ人の歴史の相違や、社会構造による位置付けの違いを無視して、人種を文化的特性や個人の行動に還元するものであった。

さらに、ミドルクラスに同化した中国系や日系のアメリカ市民の他にも、1965年の移民法改正以来大量に流入した、フィリピンやインドや韓国からの移民や、ベトナム戦争が生んだ数多くの東南アジアからの難民を含む、「アジア系アメリカ人」の多様性を無視したものでもあった。

そのように問題をはらむ「モデル・マイノリティ」論は、保守派には広く受け入れられ 、「colorblind(色盲)」、つまり、人種というカテゴリーを政策や社会措置から除去する、というイデオロギーに利用されてきたのである。

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今回の裁判においても、原告団を代表しているブルーム氏は、アジア系アメリカ人の公平な扱いや人種の平等を求めているのではなく、アファーマティヴ・アクションを撤廃するという目的のために、一部のアジア系アメリカ人を利用しているのだ、という見方をする者も多い。

 

「アジア系アメリカ人」とアファーマティヴ・アクション

ブルーム氏が率いる原告団のメンバー の多くは、学業優秀でありながら入学を許されなかったアジア系アメリカ人の学生やその家族たちである。何世代にもわたるアメリカ生活のなかで地位を築いてきた中国系アメリカ人や、1965年以降に専門職として渡米した台湾からの移民の子弟などが多い。

彼らの主張は、アジア系アメリカ人の学業成績が全国平均と比べて高いなかで、「人種を意識した」審査方針はアジア系アメリカ人にとってむしろ不利に働く、というものである。

しかし、アジア系アメリカ人の学生の多くは、ハーバードの入学審査方法を擁護している。裁判で証言をしたアジア系の在学生のひとりは、SATの成績だけとればハーバードに応募する他の学生と比べて突出していたとはいえないが、子供の時に家族とともにベトナムから移住し、必死で英語を勉強して、移民としてアメリカで生活を築いた経験を応募エッセイや面接で語り、それが入学につながったと信じている、という。

もうひとりの学生は、中華料理店のコックとして働く親のもとで育った自分にとって、アジア系移民というアイデンティティは自分の人格の中心的な要素であって、人種を無視した入学審査が応募者を 総合的に評価できるとは思えない、という。

人種によって教育の機会や文化資本が不均等に分配されている現状において、アファーマティヴ・アクションが撤廃されると、学生人口に占めるアジア系アメリカ人の割合にはそれほど変化が出ないのに対し、アフリカ系アメリカ人やネイティヴアメリカンの割合は低下する、と データ予測が出ている。

ハーバードの入学審査を擁護するアジア系アメリカ人学生たちは、そのように多様性が欠如した環境で大学生活を送ることは、入学を許されたアジア系アメリカ人の学生にとっても恵まれたこととはいえない、とも主張している。

このように、この訴訟は、現代アメリカにおける「アジア系アメリカ人」の位置づけの複雑さと多様性を象徴しているのだ。