ハーバード大のキャンパス〔PHOTO〕Gettyimages
# アメリカ # 人種問題

ハーバード大が入試で「人種差別」?訴訟の背景を読み解く

アジア系アメリカ人という存在の複雑さ

「差別」か「人格総合評価」か?

ボストンの連邦裁判所で、ハーバード大学を相手にした訴訟が進行中だ。

原告団の主張は、ハーバードの入学審査では、アジア系アメリカ人には他の応募者よりも高いハードルを課されており、これは人種差別である、というものである 。

ハーバードの今年度の新入生のうち、約23%がアジア系アメリカ人であり、アフリカ系アメリカ人とヒスパニック・ラテン系がそれぞれ約15%と12%を占めている。より公平な「人種的中立」な審査方法であれば、アジア人の割合はもっと高くなるはずである、というのである。

これだけみると、差別に抗議するリベラル団体による訴訟であるかのように捉えられるが、現実はずっと複雑である。というのも、Students for Fair Admissions(公平な入学を求める学生たち)という原告団を代表しているエドワード・ブルーム氏は、これまでにも同様の訴訟を起こしてきた、強硬な保守派として知られる人物なのだ。

ハーバード大の学生たち〔PHOTO〕Gettyimages

アジア系アメリカ人の学生は、学業成績が優秀であるにもかかわらず、基準の曖昧な「人物評価」において低い点数をつけられ、結果的に不合格になるケースが多く、事実上の人種差別を受けている、という前提のもと、大学は入学審査において応募者の人種を考慮すべきではない、というのが原告の訴えである。

それに対して大学側は、入学審査において、特定の人種グループが不利になったり、人種による割り当て制度が設けられていたりするということはない、と主張した上で、 応募者の「全人格」を総合的に評価するのが大学の方針であり、大学のミッションを果たすために数多くの要素のひとつとして応募者の人種を考慮することは正当である、と入学審査方法を擁護している。

 

「全人格総合評価」とは

ことの背景を理解するためにはまず、日米の大学の入学審査の根本的な相違を理解する必要がある。

ハーバードのような競争率の激しい名門校(2018年度のハーバード大学の合格率は4.59%と公表されている)であればあるほど、入学審査において学業成績は重要である。

しかし、日本の「入試」のような、一発勝負の試験は存在しない。 基礎学力を試すSATという 全国共通テストがあり、もちろん点数は高いにこしたことはないが、スコアはあくまで数多くの審査項目のひとつである。高校での成績や受講した科目も重視されるが、地域や学校の性質によって高校でのカリキュラムには大きく差があるので、一律の基準で成績を比較することはできない。

そして、日本と大きく違うのは、 学業成績以外の要素もかなり重視される、という点だ。

とくに、スポーツ選手で、大学でもチームに入部する意思を示す応募者には、かなり大きな加点がされる。

また、課外活動などにみられる、独創性・ リーダーシップ・社会意識なども重要視される。名門大学を目指す高校生が、夏休みにせっせと インターンシップや ボランティア活動をしたり、ビジネスを立ち上げたり、若者交流のための海外ツアーに参加したりするのは、このためである。

困難な状況を克服して自分の人生を切り拓いてきた、という経験も高く評価される。 犯罪や薬物のはびこる環境で育ち、そうした状況から抜け出すために学業に集中して奨学金を得て高校を卒業した、とか、スポーツ選手だったが事故にあって障害を負い、一時は鬱になって自殺も考えたが家族や友人のサポートによりパラリンピックを目指すようになった、とかいった経歴は、好意的に評価されがちである。