日本の憲法学は本当に大丈夫か?韓国・徴用工判決から見えてきたこと

いま日本政府が追求すべきことは何か
篠田 英朗 プロフィール

韓国大法院判決の論点

判決文の邦訳がないため、大法院判決の詳細は、必ずしも明らかではない。だが伝えられているところによると、大法院判決の内容は、大きな論点を内包している。

判決は、「植民地支配は不法な強制的な占領だった」と断定し、「植民地支配と直結した不法行為などは請求権協定の対象に含まれていない」と述べ、「個人の請求権も協定に含まれたと見るのは難しい」と断定した。

これに対して、13名中の2名の反対意見を出した裁判官(クォン・スンイル大法官とチョ・ジェヨン大法官)は、1965年「請求権協定が大韓民国の国民と日本国民の相手国およびその国民の請求権まで対象としているのは明らか」で、「請求権協定で規定された『完全かつ最終的に解決されたことになる』という文言は、韓日両国はもちろん、国民もこれ以上の請求権を行使できなくなったという意味だと見るべきだ」と述べたという(参照「強制徴用:賠償責任を認めなかった2人の大法官ってどんな人?」)。

請求権協定は、その前文で、「日本国及び大韓民国は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決」を目指していることを宣言している。そのうえで第二条において、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」(参照「韓国との請求権・経済協力協定」)。

文言を見れば、反対意見が妥当であるように見える。そもそも日本政府は、「植民地支配と直結した不法行為」という認定を認めない。そのうえで、包括的に「個人請求権」も請求権協定で扱われた、と理解している。歴代の韓国政府も、少なくとも個人請求権も請求権協定で扱われた、という立場をとっていた。

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しかし今回の韓国大法院の判断は、両国行政府の伝統的な協定理解を否定した。それは文言上の解釈論のレベルを超えて、そもそも「植民地支配と直結した不法行為」に対する「個人の請求権」を、二国間協定で消滅させることはできない、という法理論によって可能になっているように見える。

請求権協定は個人請求を含んでいなかった、と解釈するのではなく、そもそも含むことができないので含まれていない、という立場を、韓国大法院は取ったのだと思われる。

つまり韓国大法院判決の意味は、「司法府は、法理論上、二国間の請求権協定では個人請求権を対象にできない、と判断する」というものである。

「請求権協定は個人請求権を対象にしていない」という解釈論ではなく、「請求権協定は個人請求権を対象にできない」という法理論であるがゆえに、歴代韓国政府の理解を簡単に覆すような判断ができたのだ。

 

しかも補償を要求する相手に新日鉄住金という私企業を選んだことは、「請求権協定は政府間協定なので、個人が私企業を相手に民事訴訟を起こす権利を侵害しない」という法理論に訴えようとする姿勢の反映であろう。

ただし私見では、この法理論は、大きな矛盾をはらんでいる。「植民地支配」はいずれにせよ国家行為である。したがって、その責任を私企業に帰して、損害賠償を命じるのは、根本的に矛盾している。

結局、韓国大法院は、個人の権利を、二国間協定よりも優先させる判断をした。これによって請求権協定が無効化されたわけではない。ただ個人救済を重んじる、という韓国司法府の判断が、明白化されたということである。