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なぜ米民主党はトランプの「弾劾」を公約にできなかったか

2020大統領選はすでに始まっている

中間選挙の「勝ち方」で決まること

いよいよアメリカでは、現地時間11月6日に中間選挙で有権者の審判が下る。この中間選挙を境に2020年の大統領選挙がスタートする。

中間選挙年は大統領選挙の「0段階」である。オバマの出馬も中間選挙の年に確定していた。民主党に「青い波」が起きた2006年だ。その年の民主党の勝利は「反イラク戦争」の勝利だった。

選挙の「勝ち方」が、その後の党内勢力図を確定する。「反戦」で勝利した当時の民主党は、「サンフランシスコ・リベラル」のナンシー・ペローシを下院議長の椅子に座らせ、全速力で左旋回した。

リベラル派は「イラク戦争に賛成した者は大統領にさせない」として、ヒラリー包囲網を敷いた。神輿に担がれたのは、無名のアフリカ系の1年生上院議員だった。

遡ること2006年8月、シカゴのダウンタウンの高層アパートのリビングで地元イリノイ選出のダービン上院議員の献金パーティが開かれていた。その席上、ダービンは突然「バラクを大統領選に出したい」と観測気球を上げ、リベラル富裕層の参加者を面食らわせた。

出席客が去ったあと、パーティ主催者の家主、ダービン議員、後の大統領顧問アクセルロッド夫妻がバルコニーで二次会を兼ねて擁立計画を練った。この献金パーティの主催者こそ、オバマを見出して育てたシカゴ政治の実力者だ。

オバマ政権の起源である。今となれば些細な話に見えるが、10年近く前にオバマの前半生を取材して本にまとめたとき、外国語でも時効設定なしには関係者の許可は得られなかった。オバマ擁立が中間選挙年の夏にシカゴの政治関係者で内々で詰められ、その狙いがヒラリー追い落としにあったことは、党内政治的には相当にデリケートだったからだ。

砲撃開始は11月の中間選挙後とされ、民主党勝利の勢いのまま、地元シカゴ選出の下院議員らが議会内で「オバマ期待論」のレールを敷いた。クリントン帝国は内側から切り崩されていた。

2年後のヒラリーの予備選敗北は、2006年中間選挙で「反イラク戦争」のリベラル派が優勢になったことで現実化したとも言える。

トランプ再選と共和党内の挑戦者

中間選挙の勝ち方(負け方)が、2年後の大統領選挙の行方を定義するとすれば、2020年大統領選挙は既に始まっている。

 

民主党候補のチェックは後回しにして、まず共和党だが、トランプに党内で正面から挑戦する気配があるのは今のところオハイオ州のケーシック知事ぐらいだ。

ジョン・ケーシック知事ジョン・ケーシック知事〔PHOTO〕gettyimages

2016年予備選で反トランプだった、クルーズ上院議員、ルビオ上院議員らが次々と大統領と和解する中、ケーシック知事だけは反トランプを貫いている。

クルーズはトランプ批判の急先鋒だったが、今年の自分の再選が危うくなりトランプ大統領の応援にすがっている。大統領としては完全に封じ込めたつもりだろう。

無論、一般投票ではヒラリーに敗北し、ロシアの介入のおかげで当選したと民主党に揶揄されるトランプは、堂々と一般投票で勝利して「正統性」を勝ち取りたい。2000年にフロリダ州の再集計騒ぎの末、「不正に大統領になった」印象を残したブッシュ息子大統領が、4年後の再選で禊を果たしたのと同じだ。

ただ、共和党関係者は「トランプが再選を目指さない」と突然投げ出すシナリオへの備えを捨てていない。