2018.11.10

イギリスのアンダークラス=チャヴの出現は「過酷な階級化」の序章だ

連載「イギリス階級物語」第1回・後編
河野 真太郎 プロフィール

階級上昇の20世紀

『キングスマン』がもうひとつ覆いかくすものがあるとすれば、それはそれ自身がテーマとしているように見える「階級上昇」そのものである。

『キングスマン』は、クラシックな階級上昇物語のプロットに依拠して主人公エグジーの成長物語を階級上昇物語として仕立て直している。ここで言っているのは『ピグマリオン』だけではなく、20世紀を通して存在してきた労働者階級からの階級上昇の物語群である。

エグジーは(おそらくオクスフォードやケンブリッジの)大学出のエリート候補者とエージェントの座を争うことになる。ここで展開されている、エリート大学生と労働者階級出身の青年とのあいだの対立図式は、20世紀中葉的な懐かしさを帯びた対立図式である。

詳しくは本連載においていずれ物語ることになるが、エグジーは現代のチャヴであると同時に、20世紀イギリスに生まれた奨学金少年(スカラーシップ・ボーイ)でもあるのだ。

主人公・エグジー。映画『キングスマン』公式HPより

奨学金少年は、専門用語を使えば社会的流動性の高まった(つまり、階級のあいだの移動が容易になった)イギリス社会を象徴する存在であった。

労働者階級生まれの子供が、奨学金を得てそれまでは受けられなかったような中等教育を受け、さらには中流・上流階級の独占物であったオクスフォード・ケンブリッジといった大学にまで行くようになるのは、早くは1920年代から30年代であった。その流れは、戦後の福祉国家において加速していく。

エグジーは文字どおりに奨学金を受けるわけではない。しかし、ハリー・ハントの厚意によって本来であれば得られない機会を与えられ、エリートの中へと入っていく(そしてそこで階級的な劣等感にさいなまれる)姿のひな型が、奨学金少年であるということは、イギリス文化に通じた者ならばピンと来る。

(ちなみに、あの『ハリー・ポッター』も、イギリス伝統の教養小説(ビルドゥングスロマン)の要素と奨学金少年的な要素の混合となっており、主人公の成長と階級上昇がからまりあった作品であるが、これについては詳しくはいずれ論じる。)

エグジーがチャヴであり、同時に奨学金少年であることには、重大なごまかしが隠されている。というのも、現実のチャヴたちにエグジーのようなチャンスは与えられていないからである。

1980年代のサッチャリズム以来の新自由主義は、貧富の差を拡大させると同時に固定化し、社会的流動性を低下させてきた。その産物がまさにアンダークラスとしてのチャヴだったとするなら、そのチャヴが階級上昇のチャンスを魔法のように与えられる『キングスマン』はその点でも「矛盾の想像上の解決」だといえよう。

このように、『キングスマン』は一方では20世紀的な、ピグマリオン物語=階級上昇物語であり、中産階級化する労働者階級の物語なのであるが、そのような、「いまやわれわれはみな中流」という、一種の安心感に満ちた立場から語られる物語は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』が描く、階級の固定化と貧困の現在の現実を糊塗してしまうものなのである。

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