「階級化」が進む日本は、今こそ“階級先進国”イギリスに学ぶべきだ

連載「イギリス階級物語」第1回・前編
河野 真太郎 プロフィール

新たな階級=「チャヴ」の登場

さて、『キングスマン』に戻ろう。これは、述べたように、いっぽうでは『ピグマリオン』の後につらなる階級上昇の物語である。主人公の労働者階級の青年エグジーは、スパイとなると同時にイギリス紳士の象徴であるパリッと仕立てたスーツに身を固め、ジェントルマンにもなるのだ。

ただし『キングスマン』は、先に述べたような時代の刻印を帯びている。この作品の『ピグマリオン』との重要な違いは、主人公が男性であることを除くと、大きく二つある。

二つ目は少し後で述べるとして、一つ目は、主人公のエグジーが「チャヴ」である、という点だ。

 

「チャヴ」とは何か。チャヴ(chav)という言葉は、2000年代からイギリスのメディアで盛んに使われるようになった言葉である。

この言葉が指しているのは、カウンシル・ハウスと呼ばれる低所得者向けの集合住宅に住み、トラックスーツ(ジャージ)を着て、バーバリーをはじめとするブランドもの(偽物である場合も多い)を好んで身につけ、ベースボールキャップをかぶり、金属アクセサリーをじゃらじゃらとたらした下層階級の不良たちである。

語源には諸説あり、「カウンシル・ハウスに住む暴力的なやつら(council housed and violent)」の略であるとする説もあるがそれは間違いで、ロマ語のchavi(子供の意)を語源とする説が有力である。

映画『キングスマン』より。主人公たちに歯向かう彼らの容姿は「チャヴ」の典型とされる。

『キングスマン』の主人公のエグジーは、紛れもないチャヴである。シングルマザーである彼の母はカウンシル・ハウスの一室に彼氏を連れ込んで、赤ん坊の世話もそこそこに酒をあおっている。

エグジー自身もスポーツウェアとベースボールキャップを身につけ、貴金属をじゃらじゃらといわせる(ただし、この貴金属が彼の場合は別の意味を持つが)、チャヴの典型なのである。

そうだとして、現代のピグマリオン物語が、チャヴの階級上昇物語となっていることにはどんな意味があるのだろうか? それを考えるために、チャヴという人物像(もしくは階級の名称?)がもてはやされた歴史的意味を確認しよう。

チャヴは、それまでの労働者階級とはかなり違う人物類型だ。それが表現するのは、2000年代以降のイギリスの新たな階級の政治であり、またそれが隠蔽するのは、階級と貧困をめぐる過酷な現実なのである。

後編に続く)