「階級化」が進む日本は、今こそ“階級先進国”イギリスに学ぶべきだ

連載「イギリス階級物語」第1回・前編
河野 真太郎 プロフィール

階級上昇物語としての『キングスマン』

──「生まれの貧しさでは人生は決まらない」と言いたい。学ぶ意欲さえあれば、変われるんだ。
──「マイ・フェア・レディ」みたいに?

これは、映画『キングスマン』(2015年)での、コリン・ファース演じるジェントルマン・スパイのハリー・ハントと、タロン・エガートン演じる下層階級の青年エグジーとのあいだのやりとりである。

エグジーの父はかつて、秘密のスパイ組織キングスマンの一員として活動していたが、ある作戦でハリーを守って命を落としてしまう。ハリーはその後エグジーにずっと目をかけており、やがて機が熟した時に、エグジーをキングスマンの一員に迎え入れようとする。

映画『キングスマン』オフィシャルHPより

二人のやりとりは、『キングスマン』という作品が下敷きにしているイギリス文学作品を明確に名指ししている。『マイ・フェア・レディ』は1964年公開のアメリカ映画であるが、その原作はイギリス(アイルランド)の劇作家ジョージ・バーナード・ショー(1856年〜1950年)の劇作品『ピグマリオン』(1913年初演)である。

『ピグマリオン』では、言語学者ヒギンズが、ロンドンの花売り娘であるイライザのひどいコックニー訛りを矯正してレディに仕立てられるかどうかを友人と賭け、みごと社交パーティーでイライザをレディとして通すことに成功する。

 

この『ピグマリオン』に類する物語には、その直接の翻案である『マイ・フェア・レディ』以外にも、『プリティ・ウーマン』(1990年)『羊たちの沈黙』(1991年)などが存在する(その系譜については小野俊太郎『ピグマリオン・コンプレックス』(ありな書房、1997年)を参照)。

ピグマリオン物語とは、つまりは階級上昇物語である。『ピグマリオン』のイライザは標準英語の発音を身につけることで中流・上流階級の仲間入りをするし、『羊たちの沈黙』の主人公クラリスは、どうやらアメリカ南部の下層階級であったところから、FBIの捜査官として身を立てようとしている。

『ピグマリオン』でのヒギンズの役割を『羊たちの沈黙』で果たすのが、アンソニー・ホプキンズ演じるハンニバル・レクターである。それぞれ、まったく違う形ではあるが、主人公の女性たちの階級上昇をお膳立てする。

ただし、こういった物語の典型は、時代・国を横断して現れる普遍的なものであると同時に、時代の制約を受けてもいる。時代によって、その物語には微妙な変更が加えられ、逆にその変更が時代の変化の本質を物語るのだ。

例えば今挙げた『ピグマリオン』と『羊たちの沈黙』を比較してみよう。『羊たちの沈黙』は、ピグマリオン物語のひとつではある。

だが、そこには1990年代初頭という時代の刻印がある。クラリスは男性が支配するFBIという組織の中で、小柄で美人の女性として、彼女を性的な対象として見るまなざしにさらされながら、女性たちを殺して皮を剥ぐ猟奇殺人犯を逮捕することに成功する。これは一種のフェミニズム物語なのだ。

女性差別を乗り越えて社会進出を果たす(そして弱き女性たちを守る)という意味での「階級上昇」物語なのである。訛りを治すことだけで中・上流の仲間入りをする『ピグマリオン』とはその意味では隔世の作品なのである。