「階級化」が進む日本は、今こそ“階級先進国”イギリスに学ぶべきだ

連載「イギリス階級物語」第1回・前編
河野 真太郎 プロフィール

労働者階級は今やハッピーか?

イギリスの階級文化といえば一般的に語られるのはまずは中流・上流階級の文化(アフタヌーン・ティーであるとか王室であるとか)か、またはせいぜい「ポピュラー・カルチャー」(ビートルズ)である。だが、ここまで述べたような目的のために、本連載が軸とするのは労働者階級である。

そもそも、現代的な階級社会の誕生の根幹には、資本家階級と労働者階級の分割があった。

前近代的な身分(カースト:caste)ではなく近代的な階級(クラス:class)が生じた背景には産業資本主義の隆盛があったわけだが、その産業資本主義は、(マルクスの定義に従えば)生産手段を持たず、みずからの労働力を売る以外に生活の手段をもたない人びとを生み出し、またそういった人びとを必要とした。

そして、生産手段を独占して労働者階級の労働を買ったのが、資本家階級である。階級とはすなわち労働者階級だったと言ってもよいのだ。

 

本連載の階級の物語は、19世紀に始まって、主に20世紀を対象としていく。20世紀は確かに労働者階級の世紀であったと言える。イギリスだけを見ても、世紀の初めに労働党が結成され、「階級意識」とそれを束ねる政治組織が隆盛していった。

1926年のジェネラル・ストライキが代表するような労働者による運動は、世紀を通じて起こりつづけた。一方でカール・マルクスが青写真を描いた共産主義は、ソ連その他の共産主義国家の壮大な「実験」に結実した。

カール・マルクス

だがその一方で、20世紀の歴史は同時に、階級の解体の歴史でもあった。世紀の終わりにソ連が解体し、共産主義の実験に終止符が打たれたということだけではない。20世紀の階級をめぐる物語の多くは、階級からの逃走の物語だったのだ。

簡単にまとめてしまえば、これは、労働者階級の中流階級化ということになる。20世紀を通してイギリスの労働者階級は、個人と集団の両方の水準で、中流階級化していった。そして20世紀の終わりから21世紀にかけて、「われわれはいまやみな中流」という認識を持つに至った。

1911年の国勢調査ではイギリスの労働者階級は就労人口の約75%を占めていた。ところが、イギリスの階級の代表的な調査である全国読者層調査(National Readership Survey)によれば、2015年段階で失年金受給者や業者も含めた労働者階級は45.8%である。

これを多いと見るか少ないと見るかは分かれるだろうが、いずれにせよ社会に対して、伝統的な労働者階級は過去のものになったという意識が強まっていった。

その意識の中には、次のような認識も含まれるかもしれない。先に参照したマルクスの定義では、労働者階級とはみずからの労働力以外に売るものを持たない人びとである。

しかし、その定義によれば、現在中流だと自認している人びともみな労働者階級となるのではないか? 逆に言えば、労働者階級はもはや中流なのではないか? そして、それでみなハッピーなのだから大いに結構ではないか?

だが、そのような単純で単線的な物語は、複数の意味で間違っている。それがなぜ間違っているのかを、ある映画からのやりとりを入り口に論じてみたい。