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「喜劇役者」の裏に隠された、俳優・ムロツヨシの壮絶なる生い立ち

笑顔だけが生きる知恵だった

自らを「喜劇役者」と名乗り、笑いをとるために全力を尽くす。そんな個性派俳優の生い立ちはあまりにも切ないものだった。本日発売の週刊現代では、そんなムロツヨシの軌跡を特集で紹介している。

父と母に捨てられて

平凡なルックスで、中肉中背。一見なんの特徴もない三枚目俳優が、いま大ブレイク中である。ムロツヨシ(42歳)だ。

'13年にNHK朝ドラ『ごちそうさん』で、変わり者の天才建築家・竹元勇三教授を演じて、お茶の間にその名が知られるようになった。当時すでに37歳。その後はトントン拍子で、今やドラマや映画に引っ張りだこ。今クールでも2本の連ドラに掛け持ちで出演する。

どんな役を演じても憎めない、人懐っこい笑顔がムロの魅力。だが、私生活では父親とは20年以上、母親とも38年近くも会っていないという、なんとも複雑な家庭に育った。彼はどんな半生を過ごしてきたのか―。

ムロは'76年、神奈川県横浜市生まれ。それから22歳の頃まで、家庭の都合で市内を転々とした。

はじまりは4歳のとき。喧嘩ばかりしていた両親が離婚した。母親はムロと5歳年上の姉を置いて、家を出ていった。ムロにとって、最後の母親の記憶は、トランクに荷物を詰める姿だという。

「母親はその後、新しい家庭を築いたそうです。ムロさんの本名は苗字が珍しい。だから苗字を短くして、漢字が分からないように芸名をつけた。

これは自分がテレビに出たときに、母親が息子だと気がついて、目障りだと思われたくないという気遣いからなんです」(テレビ局関係者)

親権は大工をしていた父親が持つことになった。ところが、父親は子どもを放置して、新しい女性と生活を始めてしまう。

そのため、ムロは父方の叔母夫婦の家に預けられた。鮮魚店を営んで忙しい叔母や叔父に代わって、同居していた祖父母が世話をしてくれたという。叔母夫婦も優しく、従姉妹とも遊んだ。

そんな居候生活を送るムロは明るい子でいるしかなかった。辛気臭い子は居場所を失う。ムロ自身はインタビューで当時をこう振り返っている。

「嫌われたら生きる場所がなくなってしまうという防衛本能だったんです。それに家庭内で不幸じゃないってことをアピールしなきゃいけなかった」

 

ムロは夏休みや冬休みには、父親に呼ばれて、家に遊びに行った。そこで、同棲相手の連れ子2人とも仲良くなった。

だが、そんな不思議な家族関係も長くは続かなかった。11歳のとき、ムロは父親に呼び出されて再婚することを告げられた。しかも相手はムロが知る同棲相手とは別の女性。新しく弟と妹ができた。この再婚を機にムロは引っ越すことになる。

一家は横浜市神奈川区内にアパートを2部屋借りた。一部屋は父親が再婚した女性とその連れ子と暮らし、その隣の部屋で、ムロ姉弟は祖父母と生活を始めた。だが、同じことが繰り返される。数年後、父親はまた離婚。せっかくできた妹と弟とも別れることになった。

ムロが当時、住んでいた場所を訪ねてみた。4世帯しかない小さなアパート。部屋はファミリー向け3DKだった。当時を知る近所の住民が語る。

「家賃は月8万3000円でした。ムロさんのお祖父さんは横浜市中央卸売市場に勤めていて、早朝に出かけ、午後2時に自宅に戻ってくるような生活スタイルでした。ムロさんはお祖母ちゃんに懐いている様子でしたね。

お父さんと一緒にいる姿は見たことないです。一方で、高校生になったお姉さんはちょっとグレてしまった時期があったと思います」

県内の公立高校を卒業したムロは、一浪して予備校に通う。数学が得意だったムロは理系の一流大学を目指した。

そして、東京理科大学理学部数学科に合格。だが、将来の志望が明確な同級生と自分を比べて、不安を抱いた。そんなとき、深津絵里を目当てに観に行った舞台で、段田安則の演技に魅了された。

「あっちの世界に自分も行きたい」