なぜ日本は、アメリカによる「核ミサイル配備」を拒否できないのか

理由は岸が結んだ「密約」にあった
矢部 宏治 プロフィール

「討議の記録」に書かれた驚くべき内容

ここでその「討議の記録」という密約文書の驚くべき内容を、ごく簡潔に紹介しておこう。

1960年1月6日、安保改定の調印(同19日)から約2週間前、岸政権の藤山外務大臣とアメリカのマッカーサー駐日大使(有名なマッカーサー元帥の甥)によってサインされたその文書には、次の4つの密約条項が明記されていた(以下、著者による要約。〔 〕内は補足説明部分)。

A〔日本の国土の軍事利用について①〕:「核兵器の地上配備」以外の、兵器に関する米軍の軍事行動については、日本政府との事前協議は不要とする
B〔他国への軍事攻撃について①〕:日本国内から直接開始されるケース以外の、米軍による他国への軍事攻撃については、日本政府との事前協議は不要とする〔=沖縄(当時)や韓国の米軍基地を経由してから攻撃すれば、問題はない〕
C〔日本の国土の軍事利用について②〕:Aの「核兵器の地上配備」以外で、旧安保条約時代に日本国内で認められていた米軍の軍事行動については、基本的に以前と変わらず認められるものとする
D〔他国への軍事攻撃について②〕:米軍の日本国外への移動については、日本政府との事前協議は不要とする〔=一度国外に出たあと、米軍がどんな軍事行動をとろうと日本政府は関知しない〕

いかがだろうか。この4つの密約条項を読んで、「ふざけるな!」と腹の底から強い怒りがわいてくると同時に、「ああ、そうだったのか」と、これまで不思議に思っていたさまざまな出来事の意味が、すっきり腑に落ちた人も多いのではないだろうか。

つまりこれらの密約をまとめると、米軍は日本国内において「事前協議なしでの核兵器の地上配備」以外は、ほぼ何をやってもいいし(上記ACによる)、事実上、日本の基地から自由に他国を攻撃してもいい(上記BDによる)ということになるからだ。

さらに、岸首相自身が晩年の回顧録(*)で明らかにしているように、たとえ将来、これまで一度も行われたことのない日米間の「事前協議」が形式上行われたとしても、そこでアメリカ側が日本の陸上基地への核ミサイルの配備を提案したら、日本政府がそれを拒否するケースは最初から想定されていないのである。

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(詳しくはあとで述べる『知ってはいけない2――日本の主権はこうして失われた』の第3章・p.137本文と注を読んでいただきたいが、ほぼ間違いなく「緊急時には事前通告により核ミサイルの地上配備を認める」という「沖縄核密約」と同じ密約が、本土についても口頭で結ばれているものと思われる)

(*)「条文でどうなっていようと、本当に危急存亡の際、事前に協議して熟慮の結果、拒否権を発動するに決めてノーと言ったからといって、それが日本の安全に効果があるかどうかは議論するまでもないだろう」(『岸信介回顧録―保守合同と安保改定』広済堂出版 )

岸が犯した〝最大の罪〟

なぜそのような馬鹿げた状態が、これまで半世紀近くも続いてきてしまったのか。

それには理由がある。安保改定で岸が犯した最大の罪は、この軍事主権を放棄したとんでもない内容の取り決めを、「国民に知らせず結んだ」ことだけでなく、それを「結んだあと、破って捨てた」ということなのだ。

つまり、この「討議の記録」については、すべて民間から登用した「親友」の藤山にだけ責任を負わせ、自分は知らぬ存ぜぬを決め込んで、次の政権(池田政権)にも引き継がなかったのである。

 

岸が満州時代に述べた有名な「政治哲学」として、

「政治資金は、濾過器(ろかき)を通ったきれいなものを受け取らなければいけない」
問題が起きたときには、その濾過器が事件となるので、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから、掛かり合いにならない」

という言葉があるが、要するに安保改定において岸は、親友だった「藤山という政治的濾過器」を使って密約の問題を処理したわけだ。

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改ざんされていた外務省の最重要文書

この岸の信じられない行動が原因で、その後、日本の外務省は大混乱に陥り、対米交渉能力を完全に喪失していくことになる。その過程で起こった象徴的な出来事が、今回私が本を書く過程で発見した「外務省における公文書改ざん」事件である。

上の図版を見てほしい。これは外務省が問題の「討議の記録」について、「こんな密約に法的根拠はない」と主張する最大の根拠としてきた極秘文書(「核兵器の持ち込みに関する事前協議の件」)である(*)。

ところがこの「安全保障課y(のちに北米局安全保障課長となる山下新太郎氏)」という記述者名が書かれた4枚の「極秘報告書」の後半(「1」「2」と各パートの冒頭に番号が打たれた「2」の部分)が、突然まったく別人の筆跡になっているのだ。