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メルケル首相の「引退予告」にドイツ国民が生き生きし始めた理由

ベルリンに渦巻く権謀術数が面白い

突然の引退予告宣言

10月29日、メルケル首相が唐突に、①12月のCDU(キリスト教民主同盟)の党首選には立候補しない②2021年で首相の任期が切れたら、もう首相候補としては立たず③すべての政治活動から身を引く、と宣言した。

つい最近までずっと、CDUの「党首」と「首相」はセットだと言い張っていた彼女だが、急遽、前言を翻し、「党首」は辞めて、「首相」の方だけあと3年、任期が終わるまで続けるつもりらしい。2021年の総選挙で首相候補として立たないとわざわざ宣言したのは、「その前に引退するつもりはない」という意味である。

なぜ、突然、この宣言がなされたかというと、その前日、ヘッセン州の州議会選挙で、自党CDU(キリスト教民主同盟)が壊滅的に票を減らしたからだ。

CDUの没落は予想通りだったとはいえ、その程度が下馬評よりもさらに激しかった。CDUは得票率を38.3%から27.0%と、11.3ポイントも下げた。

 

ヘッセン州は、ドイツ経済の中心地、フランクフルト市のある州だ。この5年間、CDUと緑の党の連立政権だったが、そのあいだに景気は向上しており、州首相の人気が落ちたわけでも、州民の不満が高まっていたわけでもなかった。

だから、CDUの落ち込みは、ヘッセン州の現政権の否定というよりも、ベルリンのメルケル首相への抗議票であると解釈されている。その代わりに急伸したのが、左翼の緑の党と、極右と呼ばれているAfD(ドイツのための選択肢)だ。

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メルケル首相の求心力は、すでに去年9月の総選挙のころから、みるみる衰えていた。だからこそ、連立を組むのに半年近くもかかったし、組閣のあとも始終、与党連立内での諍いが絶えなかった。中央の混乱は国民の間にも波及し、右派と左派の勢力がどちらも「民主主義」を叫びつつ、社会に深刻な亀裂を生んだ。

それでも、メルケル首相は手を拱いたままだった。深刻な問題が起こると、姿を隠して嵐の去るのを待つか、あるいは楽観ムードを演出して国民を安心させるというのが、メルケル政治の常套手段である。

しかし、バイエルン州選挙、そのわずか2週間後のヘッセン州選挙と、CDU/CSU会派の大敗北が続き、さすがのメルケル首相も慄いた。自身の政治生命が危うくなったときのメルケル氏は、行動が素早い。

そこで出たのが、冒頭の宣言。つまり、立て続けの惨敗は「党首辞任」で落とし前をつけ、栄えある「首相」の方は続投。その上で、2021年に名誉ある引退で幕引き、という計画である。

しかし、そうは問屋が卸すかどうか……。