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もし中間選挙で民主党が勝利したら、一番困るのは民主党かもしれない

敵はトランプにあらず…

リベラルの敵はトランプにあらず

中間選挙で米民主党が勝利すると悪化するかもしれない問題とは?

その1つは「アメリカのリベラルの混迷」である。

勝利して悪化するとは矛盾に聞こえる。だが、自集団の自己主張だけを野方図に拡大する「アイデンティティ政治」からの脱却は遠のく。

民主党はこの中間選挙で大きな「メッセージ」が編めない中、終盤戦で医療保険における「既往症」問題を慌てて争点化している。

だが、アフリカ系、女性、LGBTなどの有権者の「反トランプ」が何より頼りだ。支持基盤の怒りを受け止めてあげれば彼らの票は獲得しやすい。しかし、そうした勝ち方をすればするほど、各集団は見返りを求め、公共の利益を目指す「市民の連帯」から遠ざかる。

「全体のリベラル政治」を目指したオバマも、1期目に黒人議連に「黒人対策の政策が生温い」「嘘つき」と突き上げられた。選挙中の情熱的な支持基盤ほど、当選後は潜在的な圧力集団になる。

つまり、リベラルの本質的な敵は、トランプのようでトランプではない。

この問題に斬り込んでいるコロンビア大学教授のマーク・リラの最新刊が日本でも刊行された。『リベラル再生宣言』(Once and Future Liberal: After Identity Politics)である。夏目大さんの翻訳で、慶應大学の駒村圭吾教授の解説が所収されている。

リベラル再生宣言

「リベラルの敵はトランプにあらず、リベラルの内なる壁にあり」という推薦文を日本版に寄せた理由は、従来からリベラル内部の問題がアメリカのデモクラシーの巨大なジレンマと筆者も感じていたからだ。

 

過度な多文化主義がもたらす分断

アメリカのリベラルが「反トランプ」以外に大きなビジョンを打ち出しにくくなっているのは、「ハイブリッド」大統領のトランプの打ち込む楔のせいだけではない。民主党自身の責任もある。

「民主党が抱える深刻なジレンマ」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50806)に民主党が正面から向き合ってきたとは言いがたい。トランプ勝利後、大きな共通利益を語るリベラル再生に中間選挙まで2年の猶予があった。

民主党は「反トランプ」熱に勢いを借りて、「アイデンティティ政治」に惰性で引きずりこまれている。

民主党はもともとニューディール時代までは、伝統的な熟練工を含むブルーカラー労働者層が支持基盤の軸の政党だった。しかし、1960年代の公民権運動とヴェトナム反戦運動で、文化的なリベラル化が進行し、人種マイノリティ、女性、LGBTなどを尊重する政党に変化した。これ自体は何の問題もなく、民主党が誇るべき歴史だ。

問題はその後のレーガン期だった。共和党がレーガンのもとで保守化を強める中で、個人を優先するその風潮にリベラル陣営が巻き込まれ、「アイデンティティ政治」だけが過剰に熾烈を極めるようになった。

「アイデンティティ政治」の弊害をめぐる議論自体は、アメリカでずっと行なわれてきた古いテーマで、今に始まったことではない。

アジア系やヒスパニック系など新しい移民の増大も背景に、1980年代末期から1990年代にかけて多文化主義(マルティカルチュラリズム)が勃興したことが原因だ。

白人ではなく黒人を主人公に据えた歴史教育「アフリカ中心主義」も登場し、エスニック属性の再強調や、「正統」な歴史を再構築する「規範(キャノン)」論争が勃発した。経済格差をめぐる闘争ではなく、文化的な価値をめぐる闘争で、「文化戦争」(カルチャー・ウォー)と呼ばれた。

シカゴ大学の哲学者アラン・ブルームは『アメリカン・マインドの終焉』(原書1987年)で正統の復権を強調し、ハーバード大学の政治学者サミュエル・ハンチントンは人種やエスニック属性の意義を認めながらも「国民意識」を維持する必要性を訴えた。

過度の多文化主義が、むしろ民族ごとの分断を強める逆作用の問題は、リベラル派の知識人にも語り尽くされている。アメリカではさほど新味のあるテーマではない。

先鋭化するアフリカ系

それにもかかわらずマーク・リラが今改めて危機を訴えるのは、トランプの出現と無関係ではない。リベラルがトランプの挑発に直球で応じることが、かえって「アイデンティティ政治」の先鋭化を招くからだ。