ブレグジットを大きく揺るがす「アイルランド国境問題」とは何か

重大局面を迎えた離脱交渉の行方
笠原 敏彦 プロフィール

いまだに進んでいない和解

一方で、経済的な発展ぶりとは裏腹に、プロテスタント系とカトリック系住民の和解が進んでいないのも現実である。

筆者が最後に北アイルランドを訪れたのは2012年。かつてのすさんだ街の雰囲気は驚くほど変貌を遂げていた。

ベルファストは、あの豪華客船「タイタニック」が建造された場所なのだが、その造船所跡にはタイタニック号をテーマにした巨大なミュージアムが完成していた。

また、数軒の中華レストランが並ぶ“リトル・チャイナタウン”もできていた。「空気と中国人は真空を嫌う」と言われるが、ビジネスチャンスに目敏い中国人の進出は、和平が根付き始めていたことの証左だろう。

しかし、ベルファストの両派の居住区域はいまも「ピース・ライン」と呼ばれるコンクリートの高い壁でモザイク状に分断されたままだ。学校教育も両派で分断され、両派の子どもたちが同じ学校で学ぶ統合教育は遅々として進んでいない。

クィーンズ大学ベルファスト校のドミニク・ブライアン氏は「共通の市民権という和平の構造はできたが、紛争に対する共通の理解はまだ生まれていない」と指摘した。

プロテスタントとカトリックの両派住民が、北アイルランドの歴史と紛争に関する「共通の記憶」を育むという和解のプロセスはまだ緒にもついていないのである。

 

「国境」をどこに引くかという問題

ここまで見てきたように、北アイルランド和平は表向きの発展とは異なり、一皮めくれば、その屋台骨は脆弱なままだ。

加えて、アイルランドとの経済的統合が進んだ分、ブレグジットが「合意なき離脱」となれば、イギリスの中でもっとも深刻な打撃を受ける地域は北アイルランドだと言う指摘もある。

こうした状況下で、アイルランド国境問題にいかに処理されようとしているのか。

イギリスとEUはともに、ブレグジットが和平に与える影響を考慮し、「物理的な国境」を復活させないことでは基本合意している。

EUは、北アイルランドに「特別な地位」を与えて単一市場と関税同盟に留めることを提案している。

一方で、EUは単一市場を保護するため、イギリス本土から北アイルランド経由で域内に流入する農産物や製品などがEUの安全基準に適しているかや、偽造品や麻薬の密輸を防止するために何らかの国境チェックを行う必要がある。

問題を突き詰めれば、EUとイギリスの実際面での「国境」をどこに引くかということだろう。

EUはこの点について、イギリス本土から流入する物資を北アイルランドの港や空港で検査する体制を提案。つまり、アイルランド島とグレート・ブリテン島を隔てるアイリッシュ海に国境線を引くということである。

これに対し、イギリス側は「国内に新たなボーダーを引くことは認められない」と強く反発したままだ。