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ブレグジットを大きく揺るがす「アイルランド国境問題」とは何か

重大局面を迎えた離脱交渉の行方

イギリスの欧州連合(EU)離脱をめぐる交渉は重大局面に差し掛かっている。合意への新たな目標期限は、今年末のクリスマスとなった。

最大の難題はアイルランドとの国境問題である。イギリスがEUを離脱するに際し、唯一の地続きの国境である英領・北アイルランドとアイルランド共和国の国境管理をどうするのかという問題だ。

その難解さは今や、誰も解くことができなかった「ゴルディオスの結び目」(トゥスクEU大統領)と称されるほどである。

イギリスのアイルランド植民地支配という歴史の清算に関わるこの問題は、近隣諸国との歴史問題を引きずる日本にとっても注目すべき点が多いように思う。

「アイルランド国境問題」とは何なのか。包括的に捉えてみたい。

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爆弾テロ、銃撃戦、暗殺……

筆者は毎日新聞のロンドン特派員時代に、北アイルランド紛争とその和平プロセスを取材するため10回前後アイルランド島を訪れた。

北アイルランドとは、カトリック中心のアイルランド島の南部が1920年代にイギリスから独立するに際し、プロテスタントが多数派だったためイギリスに留まった北部6州を指す。

要は、植民したプロテスタント系のイングランド住民の子孫らが多い地域である。

 

北アイルランド紛争は、アメリカでの黒人公民権運動の盛り上がりに刺激されて1960年代に火がついた。

紛争の構図を単純化すれば、イギリスに忠誠を示す多数派のプロテスタント勢力(=支配勢力)と、アイルランドへの帰属を望む少数派のカトリック勢力(=抑圧されてきた勢力)の対立である。

両派が武装組織を持ち、これに駐留英軍(ピーク時3万人)が加わり、30年間で3500人もの死者を出す悲惨な展開となった。

爆弾テロ、銃撃戦、暗殺……。イギリスという近代国家でこのような「内戦」が続いていることは驚きだった。

両派住民の憎しみ合い、敵対心の深さから、不可能だと言われていた和平合意(ベルファスト合意)が達成されたのは1998年4月10日だった。

かつては人前で同席することさえタブーだった両派の政治指導者ら。和平合意とは妥協と譲歩の産物であり、交渉当事者にとっては大きな政治的リスクを抱え込む決断だった。

後日談だが、和平合意へ強いリーダーシップを発揮したブレア英首相(当時)は交渉の最終局面で、プロテスタント側の指導者が席を蹴って立ち去ろうとした際、体を張って退室を阻止したというエピソードも残っている。

筆者が一連の取材で学んだことは、難題解決に向けた「政治的意思」の重要さである。

和平プロセスはその後、エリザベス女王が2011年5月にイギリス国王として100年ぶりにアイルランドを訪問し、両国の歴史的和解へとつながった。