大規模調査でわかった、ネットに「極論」ばかり出回る本当の理由

極端な人ほど、何度も何度も…
山口 真一 プロフィール

「ネット言論」は無視すべきなのか?

もっとも、過激な差別表現や誹謗中傷を除き、自分の意見を大量に発信するのもまた、表現の自由の範囲内である。これを法的に取り締まることを提唱するのは、筆者の意図するところではない。そして、本稿をもって、ネットの言論を「とるに足らないもの」と主張したい人の根拠とされるのも、不本意である。

ネットの普及がもたらした、すべての人が平等に情報を発信できる一億総メディア時代は、政治・経済・社会に間違いなく大きなインパクトをもたらしている。そして、偏っているとはいえ、そこにあるのは確かに人々の「生の声」であり、さまざまな分野においてプラスの影響ももたらしている。

ネットの言論を「とるに足らない」と切り捨てるのは簡単だが、それは様々なプラスの効果に目をつぶる行為であり、それはそれで社会的・経済的損失である。

 

いずれ、表現の自由を守ったまま、極端な意見が過剰に表出しないようなサービスの設計が実現するかもしれない。しかしながら、現時点ではそのめどは立っておらず、我々は今しばらくこのネット言論空間と付き合っていく必要がある。

このような状況で、より建設的な議論をし、情報社会の明るい未来を創り上げていくには。情報の受信者たる我々が、「情報の偏り」を認知し織り込んだ上で、変わる必要がある。

情報の偏りは、何もネットに限らない。マスメディアの言説をはじめ、すべての情報は偏っているといっても過言ではない。その偏りを認知し、常に別の意見に目を向けたり、情報のソースを確認したりすることを欠かさないようにする。そのうえで、いくら強い思いを持っていても、ほかの意見に聞く耳を持たないのではなく、他者を尊重し、フラットに耳を貸す――。

このような、ひとりひとりの地道なリテラシー向上こそが、情報社会の発展に最も寄与するのではないだろうか。

[1] 田中辰雄・浜屋敏「インターネットは社会を分断するのか?」(富士通総研研究レポートNo.462, 2018)http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/column/opinion/2018/2018-7-6.html

[2] Barberá, Pablo, Gonzalo Rivero「Understanding the Political Representativeness of Twitter Users」(Social Science Computer Review 33(6), pp. 712–729, 2015)

[3] 集団で討議した結果、討議前の各個人の意見よりも、より先鋭化した決定がなされるという現象。

[4] 山口真一「ネット炎上の実態と政策的対応の考察―実証分析から見る社会的影響と名誉毀損罪・制限的本人確認制度・インターネットリテラシー教育の在り方―」(情報通信政策レビュー11, pp. 52-74, 2015)

[5] ただし、週次データにおいて極端にレビュー数の多かった、上位10%のデータは分析から除外している。例えば、日本において、1週間で最も多くレビューが書かれたサンプルは225,205件であったが、90パーセンタイルでは447件であった。

[6] 柳文珠「韓国におけるインターネット実名制の施行と効果」(社会情報学2(1), pp. 17-29,2013)