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# ノーベル賞 # 経済学

「経済学は役に立たない」と言うすべての人に知ってほしいこと

今年のノーベル経済学賞から考える

「経済学は役に立たない」と主張する人は少なくない。特にリーマンショック以降そうした雰囲気が顕著だ。しかし「アンチ経済学」な発言が力を持った現在でも、実際に複雑な経済現象を捉える際には、必ずと言っていいほど経済学が創り出した「モデル」が用いられる。経済学は、役に立つ/立たない以前に、現実を捉えるのに不可欠な「メガネ」となっているのである。

私たちも知らず知らずのうちに、そうした「メガネ」の影響を受けて経済現象を見ているかもしれない。

では、その「メガネ」はいかにして作られ、更新され、社会的な評価を獲得し、世間に広がり、人々の行動を変えていくのか。今年のノーベル経済学賞を例に、その経緯の一端を『現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論』(中公新書)の著者・瀧澤弘和氏とともに見ていこう。

 

わかりにくい受賞理由

2018年度のノーベル経済学賞は、ニューヨーク大学教授のポール・ローマーとエール大学教授のウィリアム・ノードハウスに授与された。授賞理由は、ローマーが技術革新を長期的マクロ経済分析に統合した功績、ノードハウスは気候変動を長期的マクロ経済分析に統合した功績とされている。

ポール・ローマー教授〔PHOTO〕Gettyimages

昨年が行動経済学のリチャード・セイラー、一昨年が契約理論のベント・ホルムストロームとオリバー・ハートで、最近の受賞対象が経済学でも比較的新しく立ち上がった分野なのに対して、今回の受賞は、系譜としてオーソドックスとも言えるだろう。

毎年思うことだが、自然科学のノーベル賞と比較して、経済学賞は授賞の意味がわかりにくいのではないだろうか。

たとえば、今年度ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏は免疫を制御する分子を発見し、それが新しいがん治療に結びついたという。詳細は素人にわからないものの、われわれが計り知れないところに未知の自然のメカニズムが客観的に存在しており、その真理が発見されることで社会の役に立つのだろうという理解しやすいストーリーがそこにはある。

これに対して、経済学の場合には真理のイメージからは遠いのである。経済学の研究がどのようになされているのかについての感覚が少しでもない限り、授賞の本当の意義はなかなか理解しがたいのではないだろうか。

このわかりにくさの理由は、現代の経済学が基本的にモデルの発展を通して進化している学問だという点にある。今年度のローマーとノードハウスの受賞は、今までにはないモデルを創ったことに意義がある。

では、二人のモデルは何が新しかったのだろうか。

現実の「見方」を規定する

最近のマクロ経済学の教科書を見ると、長期の分析と短期の分析を分けているものが多い。

短期では市場の価格調整機能が不完全なために失業などの問題が発生すると考え、財政政策・金融政策の有効性を説明するケインズ的なモデルが用いられる。ひらたく言えば、賃金や物の値段が柔軟に動かないために、需給にギャップが生じ、失業などが生まれてしまうということだ。

これに対し、長期では市場の価格調整機能が作用していることを前提とした新古典派的なモデルを用いて、経済成長を説明するといった具合である。

今回の授賞対象はマクロ経済学の教科書では長期分析に属するもので、通常、「新古典派成長理論」と呼ばれているロバート・ソローのモデル(1986年にノーベル経済学賞を受賞している)を発展させたものである。

しかし、ローマーの場合は知識の生産、イノベーションといった要因をそこに組み込んだこと、ノードハウスの場合は経済成長のモデルを気候変動というような経済外的なモデルと統合したことに新奇性がある。

経済というものはきわめて複雑な現象であり、それについて複雑なまま何か意味のあることを述べるのはきわめて難しい。そこで、現実について意味のあるナラティブ (メカニズムの説明を伴う構造をもった語り)を述べるために、経済学者は単純なモデル(現在ではほとんどの場合、数理的モデルである)を作成し、モデル分析によって作られたナラティブを現実に作用しているナラティブとして語ることを試みている。

このようなことが可能になるのは、モデルと現実が何らかの意味で類似性を持っているからである。モデルには、理論モデル、それを検証するための経験モデル、さらに予測を目的とするモデルなども存在する。