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セックス、ドラッグ、インターネットの果てに見つけたモノ

駄青春日記~マヌケな地獄の黙示録~⑤

短編小説集『完璧じゃない、あたしたち』で注目を集め、現代ビジネスでも時にユーモラスで時に鋭く世の中に問題提起をする記事を寄稿する気鋭の作家・王谷晶さんの「半自伝的」連載、なんと最終回です。八方塞がりな状態で20歳を迎えた主人公。彼女を救ったものとは一体? 涙無くしては読めません!

*バックナンバーはこちら https://gendai.ismedia.jp/list/author/akiraoutani

妖怪パチンコ台女

とうとう20歳になった。専門学校は結局卒業できずそのまま退学した。上京の大義名分と奨学金という借金を抱えこんだだけの、言い訳無用の無為な2年間だった。

その後か細いツテを辿って新宿の小さな編集プロダクションにフルタイムでアルバイトに入ることになり、手取り13万円ほどでなんとか生活を回しはじめた。

仕事は雑誌の特集コーナーやカタログ制作。初めての本格的デスクワーク。そこで初めて自分が「文字を数えられない」「電話がめちゃくちゃ苦手」「型番や電話番号などの数字の間違いに気づかない」「締切が近づくと頭が真っ白になる」「版下のズレとか細かいところに目がいかない」などの、編プロバイトとして致命的なさまざまな欠陥を抱えているのを知った。そういや学校の版下制作の授業も、私だけどうしてもうまく課題を完成させられなかった。

雇い主の社長も途中で怒ったり呆れたりするのを通り越してただ困っていたが、ライティングだけはなんとかできたので、ひたすら言われるままにこまごまとした文章を書いていた。

 

小さい会社で服装の規定はなく、同僚もド金髪の気合が入ったバンギャルだったりしたので、私もピアッシングにハマりだし、耳だけに飽き足らず眉だの首だの胸だの首だのあちこちに穴を開け妖怪パチンコ台女みたいになっていた。

ますます「男との恋愛」が遠のいたが、まだそれでも「イケメン大好き! 彼氏めちゃくちゃほしいです!」と周囲に喧伝していた。何度かゲテモノ喰いが趣味みたいな人と袖触れ合ったが、やっぱり「好き」とか「また会いたい」という感情は一切湧いてこず、どの男性とも1ヵ月も関係を持続できなかった。

この時期、編集やライター関係者が集まる飲み会に参加して、だいぶ酔っ払って帰る方向が一緒だった歳上の女の人と、ふざけてキスをしてしまうという事件があった。それは、上京してからの全ての異性とのあれこれが改めて(そもそも全員ほぼ忘れていた)全部ふっとぶくらい、歓びと楽しさと高揚に溢れたキスだった。

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ここで思い切って自分を見つめ直し「やっぱり女が好きっす」とブランニュー生活を送れればよかった。でもそうしなかった。キスした相手から後日なんかええかんじのメールも頂いたのに、スルーしてしまった。バーカバーカ大馬鹿者! ほんとに馬鹿だ。これはマジ今思い出してもしんどいっていうか悔しい。

大人になるためには、男と付き合い、仕事をバリバリして、お金を稼いで自立をしないといけないというつまんない思い込みは、私の中からなかなか消えなかった。仕事も異性との恋愛も金儲けも、どれもボロボロでまったくうまくやれることがなかった。ここでせめて仕事くらいは真面目にやれれば違っていたかもしれない。

だがやっぱり、そうしなかった。仕事の勉強をする代わりに当時流行しはじめた「ウェブ日記」でただひたすらに自分の思っていることや映画の感想、しょうもない日記(つまりこの原稿みたいな文章)を大量に書き始めた。まだブログという言葉はメジャーではなかった。

そこでも「イケメン好きのモテない下品なオタク喪女」キャラを作り、随所にシモネタを交えつつ毎日毎日頭の中で煮え立っているモヤモヤした何かを吐き出し続けた。まだネットリテラシーが甘かったのでフリーメールのアドレスをプロフィールに載せていたのだが、そこに知らない男(複数人)からきたねえチンポの自撮り画像が何度も届いた。サイバースペースでも痴漢に遭う。どこにも逃げ場はない。

日記の読者は徐々に増えていったが、仕事はどんどん出来が悪くなっていく。いつまで経っても要領がよくならず、だいぶやばいポカも何度かやった。同時にホステス時代に習慣になった毎日の飲酒の量がだんだん増えてきて、体調も悪くなってきた。