「大物女優恐喝未遂」裁判で垣間見えた元暴力団組長と芸能界の関係

判決は、来年1月

この裁判に注目する理由

東京地裁立川支部で、現在、2012~15年にかけて60代の大物女優に対し「貸金がある」として、4600万円を要求、恐喝未遂罪で起訴された元暴力団組長(74)の公判が行なわれている。

裁判は大詰めを迎えており、9月20日、大物女優の証人尋問が行なわれ、10月29日に元組長の被告人尋問があった。今後、11月20日に検察官の論告求刑があり、来年1月、判決が言い渡される。

被告は、神戸の独立系組織・松浦組の笠岡和雄二代目組長である。同時に、右翼団体・大日本新政會の総裁を務めていたが、事件化前の16年末、組長を引退、組は解散し、大日本新政會も活動を停止した。

 

私がこの裁判に注目しているのは、笠岡被告が戦後暴力団史の生き字引的存在で、所作も発想も行動も、「ヤクザらしいヤクザ」で、その価値観のまま返済を迫ったら、暴力団を許さなくなった世相を踏まえた司法に、厳しく断罪されようとしているからだ。

同時に、笠岡被告が、暴力団がかつては芸能界と「持ちつ持たれつの関係」にあることを知る生き証人であり、恐喝未遂事件の背後には、大物女優を支援した「芸能界のドン」と呼ばれる周防郁雄氏(77)の姿があり、「消えゆく暴力団」を追うには格好のテーマだった。

笠岡被告が暴力団の世界に足を踏み入れたのは、1960年、16歳の時である。広島の岡組幹部・網野光三郎の系列組織組員となった。東映映画『仁義なき戦い・広島代理戦争』で描かれた時代の稼業入り。映画で網野役を務めたのは俳優の成田三樹夫だった。

その後、殺人罪で懲役も経験、縁あって移り住んだ京都で松浦組初代と出会い、組員となった。松浦繁明初代が、東映の俊藤浩滋プロデューサーと親しかったことから、松浦組は京都の東映太秦撮影所の面倒を見るようになる。具体的には、鶴田浩二、高倉健、菅原文太といった映画スターのガード役であり、撮影現場などでトラブルが発生した際の処理係だった。

38歳で大日本新政會を起こして総裁となり、42歳で松浦組二代目を継承、バブル時代を経て、その“あぶく”を享受した暴力団が、まだ法的規制をそれほど受けず、最後の輝きを見せた時代だった。

神戸市に本拠を置く松浦組は、日本一の広域暴力団・山口組に周囲を囲まれている。それでも独立を保つことが出来たのは、先代が東京の広域暴力団・住吉会と親戚付き合いをしていたからで、山口組としても「西と東のパイプ役」を期待、抗争に発展するようなことはなかった。

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