11月 9日 細菌学者野口英世が生まれる(1876年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1000円札の肖像画としておなじみの、細菌学者野口英世が、1876年のこの日、福島県に生まれました。

【写真】野口英世
  野口英世 photo by gettyimages

幼いころの大やけどで動かなくなった左手の指が、15歳で受けた手術によって回復したことに感銘を受け、医学の道を志したというエピソードは有名です。

20歳という若さで医師の試験に合格し、23歳からは渡米して海外で研究をはじめた野口は、梅毒の研究などで世界的に名が知られるようになります。その後、南米やアフリカで黄熱病の治療・研究に尽力し、自身もその病にかかって命を落とすことになったのは51歳ときでした。

野口は生涯で約200編の論文を発表していますが、じつは、その成果の中には現在の目から見れば科学的な誤りを含むものも少なくないそうです。ロックフェラー医学研究所という権威ある研究所の花形研究者だった野口の論文は、厳しい査読を受けずに発表されており、そのことが多くの誤りを生んだ原因だったのかもしれません。

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背信の科学者たち
論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

野口英世の没後、約50年が過ぎて、その業績の総括的評価がなされた。その結果、ほとんどの研究が価値を失っていたという──。
なぜ、科学者は背信的な行為に走ってしまったのか? 豊富な実例をもとに問題の本質に鋭く迫る名著。