「ノーベル賞級」の社会学者、小室直樹を今こそ知るべき理由

橋爪大三郎の「社会学の窓から」③
橋爪 大三郎 プロフィール

いま蘇る、小室直樹博士の実像

小室直樹博士の生涯をふり返る『評伝 小室直樹』(上・下)(ミネルヴァ書房、2018年9月刊)が、このほど出版された。

著者は、村上篤直氏。長年、小室博士を心の師としてきた弁護士である。村上氏は小室博士と面識がない。死ぬしかないとまで思い詰めた若い時代、博士の著作と出会って、命を救われたという。

以来、小室博士の著書や論文を、どんな小さなものまで追い求め、リストにして、「小室直樹文献目録」としてウェブで公開してきた。あわせて、「小室直樹博士略年譜」も執筆し、公開した。

どちらも、小室博士を記念してまとめられた『小室直樹の世界』(橋爪大三郎編著、ミネルヴァ書房、2013年)に収められている。これが機縁となって、版元から依頼を受け、執筆を引き受けて、小室博士を知る100名以上の関係者に4年にわたり丹念な取材を重ね、上・下巻をあわせて1500ページにのぼる大作を書き上げた。

面白い。読み始めると、止まらない。小室博士が血肉をえて、ページのなかを躍動している。発売以来、多くの読者に迎えられている。小室博士を知らない、もっともっと多くの読者に読まれてほしいと願う。

 

伝統右翼の系譜につながる意外な事実

私も知らなかった事実が多い。

いちばん重要なのは、小室博士を指導した経済学者の市村真一氏が、右翼思想の持ち主で、平泉澄氏の薫陶を受けていたことだろう。

戦前戦中の、皇国思想の権威だった平泉氏は、戦後、私塾を開いていた。小室博士は市村氏を通してその塾の塾生となり、研鑽を積んでいた。小室博士が「右翼」であるとは、なんとなく知ってはいたが、ここまで本格的だとは気がつかなかった。

全共闘くずれの「左翼」学生の私を、ゼミで親身に指導してくれた。政治的立場と学問とは、無関係だと態度で示してくれた。

これを踏まえると、小室博士と山本七平氏の邂逅も、必然的だと理解できる。

何かの機会に同席した小室博士と山本氏は、浅見絅斎の『靖献遺言』が重要だという認識で一致し、意気投合した。『靖献遺言』は、勤皇の志士のバイブルとも言える、闇斎学派の重要著作である。その後二人は交流を重ね、「日本教」をテーマに対談本も出している。

尊皇思想をベースにする小室博士と、キリスト教をベースにする山本氏とは、互いを尊敬し、同志とも言えるつながりを持ち、終生交わりを重ねた。戦後日本の病根を、宗教と社会科学のメスでえぐり出そうとする使命感に、共通するものがあった。

戦後日本の知識界で、小室直樹博士は特別の位置を占めた。その欠落は、埋められないだろう。小室博士への評価はまだ、十分でない。

小室博士の学問と思想を理解することは、日本人が戦後という時代をみつめ、その先へ進むための足場になる。平成という時代にひと区切りがつくこの時期に、小室博士の生涯をふり返る評伝が刊行されたことを喜びたい。