追い込まれる長期収容外国人…「帰るに帰れない人々」をどう捉えるか

これでわかる深刻な問題の構造
望月 優大 プロフィール

収容政策の見直しに向けて

現在、ヨーロッパ諸国などでは移民・難民の滞在許可を一部厳しくする動きがある。そして、そうした動きの中で退去強制までの収容期間を法改正によって延長しようとする国もある。例えばフランスでは、これまで法律で45日までと決められていた収容期間が今年の移民法改正によって90日にまで延長された。

しかし、90日である。厳しくしてなお3ヵ月なのである。そして、その短さもさることながら、しっかりと法定の上限期間があること自体が重要だ。しかも、その上限の延長は国会における喧々諤々の議論を経て決定されたわけである。

なぜそうなのかと言えば、ある人の「人身の自由」を奪って収容するということは、それがたとえ外国人であっても、かれが保有する基本的人権に大きく関わることだからだ。

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対する日本では、目下6ヵ月以上の長期収容者が54.2%を占め、その中にはすでに3年以上も収容されている人までいる。繰り返しになるがそんなことが可能なのは、日本の入管法が収容期間の上限を設けておらず、実際の収容期間を入管の裁量で決めることができるためである。

現在、政府は入管難民法の改定案を国会に提出し、来年4月からの外国人労働者受け入れ拡大を目指して急ピッチで議論を進めようとしている。

しかし、この法案に対しては与党である自民党の中からも様々な懸念が噴出し、それが「管理のさらなる強化」を求める声にもつながっている。こうした情勢の中で、政府が党内の保守派を意識しつつ、入管施設に収容している外国人に対する締め付けをこれまで以上に強めてくる可能性は十分に考えられるだろう。

こうしたタイミングだからこそ、「入管収容の長期化」というすでに現実化している状況に改めて目を向けることが必要だ。そして「外国人の人権」と「日本政府の裁量」のバランスを再考し、収容政策の見直しの方向をしっかり検討すべきではないだろうか。

具体的には、

①常識的に許容可能な収容の上限日数を法律で具体的に定めること
②退去強制や収容の判断に際して裁判官など第三者の客観的な目が入る仕組みを作ること

これら2点の対応をすることが必要ではないかと思う。

 

「帰るに帰れない人々」をどう捉えるか

入管施設における収容の長期化という目下起きている事象から、「帰るに帰れない人々」の存在、そしてかれらを時には自死にまで追い込んでしまう「上限期間の無い収容」と、それを可能にしてきた法制度の構造までを整理してきた。

在留資格を持たない非正規滞在者の中には、バブル期から平成の時代にかけて日本の労働力不足を補ったり、日本人がやりたがらない「3K労働」に従事したりしてきた最下層の外国人労働者たちも多く含まれる。

つまり、日本社会の側がかれらを必要としてきた側面もあるのであって、かれらが帰るに帰れなくなった理由は日本社会の側にもあるのだ。近年では技能実習の厳しい労働現場から逃げ出さざるを得なかった者も増えている。

しかし、現実には収容はどんどん長期化し、メディアが入管と一緒になって非正規滞在者をバッシングするかのような番組まで散見される。

収容政策の厳しさが注目を集めている今だからこそ、収容政策のあり方を見つめ直すだけに留まらず、その対象となっている非正規滞在者たち、「帰るに帰れない人々」が一体どんな人々なのか、改めて想像し直すことも必要ではないだろうか。