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アルバイトから編集長になった男の「書き続けること」を支えた10冊

東良美季の「人生最高の本」

男はこれからどう生きるべきか

〈男は強くなければならない〉、そうした幻想が崩れた時代に書かれたのがロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズです。

'70年代、公民権運動やウーマン・リブ、ベトナム戦争を経て、アメリカのマチズモ(男性誇示主義)が半ば崩壊した。ではこれから、男はどうやって生きていけばいいのか。これを問い続けたのがパーカーです。

僕なりに解釈すると、世間の規範や常識ではなく、自分の規範に基づいて行動せよ、これがシリーズの大きな柱になっています。どれも傑作なのですが、シリーズを読み始めるなら『失投』から読むのがお薦めということで、1位に挙げました。

己の規範で生きるというテーマを、『失投』ではセックスの分野で問いかけていて、刺激を受けました。というのも僕は、23歳のとき、ヌードグラビア誌の編集者として出版の世界に入ったんです。

 

ヌードモデルやAV女優と仕事をすることもよくありましたが、彼女たちはどれだけプロ意識が高く、また人間として素晴らしくても、「でもAV女優でしょ」と、世間から見られてしまうところがあります。

そんなときに、あくまでも己の規範に従うスペンサーが支えとなって、僕は僕の価値観で彼女たちと向き合うことができました。

もう一つ、パーカーの『愛と名誉のために』を挙げています。これはスペンサー・シリーズではなく、言ってみれば究極の恋愛小説ですが、僕がこの本から教えられたのは、何のために書くのか、誰のために書くのか。

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徴兵された主人公が、戦地から恋人に手紙を綴る場面があります。最初はマメに返事が来ていたものの、次第に回数が減っていき、最終的に、彼女は心変わりして別の男と結婚し返事が途絶える。

ところが、それでも主人公は彼女に手紙を書き続けるんですね。そして、この書く行為が、失恋の痛手から彼を立ち直らせていく。そうか、文章というのはたった一人のために書いていいんだ、と気づかされました。

社会とか、顔の見えない大勢に対してではなく、愛する誰か、信頼できる誰かのために書けばいいのだと。ちょうど文章を書き始めた頃に読んで、とても影響を受けました。