皇帝ナポレオンにも反抗した「進化学者ラマルク」をご存知か

200年も前に創造説を否定していた
更科 功 プロフィール

ラマルクの進化論

こうして生まれたラマルクの進化論は、以下の2つの柱から成るものであった。

1) 生物は単純なものから複雑なものへと連続的に進化する。

つまり、ゾウリムシのような単細胞生物が、長い時間をかけてヒトにまで進化したということだ。このように進化には、単純から複雑へという大きな流れがある。しかし、この流れは生物がおかれた状況によって、乱されることがある。この流れを乱す原因が、ラマルクの進化論の2本目の柱だ。

2) ある器官をよく使えば発達し、使わなければ萎縮する。この変化がオスとメスで共通なら、その変化は子供に遺伝する。

 

たとえば、モグラは眼をあまり使わないので、眼が小さくなったというのである。この考えは、用不用説と呼ばれる(たまに勘違いをしている人がいるが、「用不用説」の「用」は「有用」「無用」の「用」ではなく、「使用」「不使用」の「用」である。つまり「ある器官を使うこと」だ)。

生物は単純から複雑に向かって進化していくが、その道筋は直線ではない。たとえば、生物が暑いところに住んでいるか、寒いところに住んでいるかによって、道筋は少しずれる。その理由を説明するのが、この用不用説である。ラマルクにとって用不用説は、進化の主流を説明する説ではなく、進化の小さな乱れを説明するための説なのだ。

【イラスト】用不用説(キリンの例)
  用不用説(キリンの例)。キリンの首が長いのは、高い枝の葉を食べようといつも首を伸ばしており、そのような生活を何千年にもわたって繰り返していたため、と説いた(使用による発達) photo by gettyimages

科学がラマルクに追いつかなかった

冒頭でも述べたが、しばしばラマルクは、獲得形質が遺伝することを主張したと言われる。獲得形質というのは、生物が生まれてから死ぬまでの一生のあいだに、新しく生じた形質のことだ。獲得形質の遺伝には、いろいろなものがある。ラマルクが主張した「用不用説」は、その中の1つである。

実は、獲得形質の中には遺伝するものもある。DNAのメチル化は、その例だ。しかし、ラマルクが用不用説で主張したタイプの獲得形質は遺伝しない。トレーニングを重ねて強靭な筋肉を作りあげても、それは子供に遺伝しないのだ。また、ラマルクの進化論の1本目の柱も間違っていた。進化には、単純から複雑に向かう方向性はないのである。したがって残念ながら、ラマルクの進化論は間違っていたことになる。

しかし、だからといって、ラマルクを責めるのは酷かもしれない。ラマルクは物理や化学を重視していたが、その成果を進化論に生かすことはできなかった。当時はまだ、熱の正体すらわかっていなかったのだ。現在では、熱は原子や分子の振動の激しさだとわかっている。しかし当時は、熱は熱素という物質の流れだと考えられていた。そうであればラマルクが、生物の神経も物質の流れだと考えたのも無理はないだろう。

トレーニングをするときには、神経によって筋肉を動かす。もしも神経が流体(神経流体)なら、トレーニングをするたびに体の中を神経流体が流れる。体の中に神経流体が増えれば、なんらかの形でそれが子供に伝わることは、それほど不自然な考えではない。そういう細かいメカニズムに注目すれば、たしかにラマルクの進化論は時代遅れだ。でも、進化というものに対する思想は違う。ラマルクは進化というものを、全体的にはかなり科学的に考えていたのである。

ラマルクは、ヒトがサルから進化したとはっきり言っている。また、ヒトの高度な認知能力も進化の結果生じたものであり、物質同士の関係から生じる単なる物理現象だと言っている。さらに生物の多様性を生みだした原因が進化だとも言っている。そして創造主が生物を創ったという創造説を批判している。なんだか、ダーウィンよりも昔の人の意見とは思えない、先進的な考えばかりだ。

きっと、ラマルクは早く生まれ過ぎたのだ。そのために、二重に損をしてしまった。1つはラマルクの思想に科学が追いついていなかったため、ラマルクは自分の進化論を科学的に検討することができなかった(もっともラマルク自身も、あまり物理や化学が得意でなかった可能性もある)。その結果、ラマルクの進化論は間違いに陥り、現在まで生き残ることができなかった。

もう1つは、当時の保守的な勢力から攻撃されたことだ。創造説をはっきりと批判したことなど、ラマルクの言動はダーウィンよりも過激である(性格は温和だったらしいけれど)。それは立派なことだが、そのために激しく攻撃され、ダーウィンよりずっとつらい人生を送ることになってしまった。

でも、私は素直にラマルクを称賛したい。皇帝ナポレオン1世やキュビエなどの権力者に睨まれながら、進化論を主張し続けたラマルクの勇気を称えたい。

「後の世の人が称賛してくれますわ」と言ったコルネリーの願いは、筆者の願いでもあるのだ。

注1:『ラマルク伝』(イヴ・ドゥランジュ著、ベカエール直美訳)平凡社

ラマルクと娘のコルネリーのレリーフ
  ラマルク像の台座にあるラマルクとその娘であるコルネリーのレリーフ photo by gettyimages