オードリー若林「もうすぐ、マウンティングがダサい時代が来る」

「ナナメ」とサヨナラした男が思うこと
伊藤 達也 プロフィール

他人を冷めた目で見ていた理由

――ネットでは、斜に構えている人が目につきます。多くのネットユーザーにも心当たりがあるからこそ、若林さんの言葉がたくさんの人に響くんじゃないでしょうか?

そう問いかけると、あの少年のような表情で苦笑いしながら「これはね、本当に大きな問題だと思います」と、冒頭のように語った。そして、社会へのささやかな違和感を、こんなふうに述べはじめた。

「戦後ずっと、日本人って豊かな生活を目指して生きてきたと思うんです。でも、バブルが弾けてから、ずっと何を信じていいか分からない、人生のベースがない状態が続いてきた。

それで、ベースがないまま、誰が正しい、何が正しいってマウンティングが盛り上がっちゃった。信仰心も薄い国で、考えの芯になるものが未だにないから、生きていていつも大変だと思うんですよ。自分の意志だけを信じて生きていくって、まぁ難しいですからね。

 

芯となるものはこれだと提示する、意志の力が大事なんだってビジネス書や自己啓発書が売れてますけど、書いているのは『ぶっとんだ人』ですよね。それってごく一部の成功者だからできることで、個人的にはあんまり興味を惹かれないんです。

テレビでも、自分ひとりの物事の捉え方や価値観ってそれぞれ違うのに、『あなたにもやりたいことがあるはず!』って、決まった成功の仕方を示そうとする番組もよくある。けど、『いや、本当にそうかな』って疑問に思うことも多くて。

何が正しいとか、優れているとか、そういうことじゃなくて、もっと自由に、素直に自分な好きなことに没頭できる人生が面白いんじゃないかって。そんなふうに、世の中の価値観が変わってくれば楽しくなると思うんですよ」

年をとるにつれ、「自意識が低減してきた」ことが、ナナメを修正させた。

「小さい頃から自分がダメすぎて、そういう劣等感をごまかすために、文化祭でステージに上がる人たちを『面白くもないのに』と拗ねて見ていた。スタバでカッコよく注文する人とか、ハロウィーンではしゃげる人とかを鼻で笑いながら見ていたのも、全部そんな自意識から来てたんですよね。

それが染みつきすぎちゃって、20代でお笑いライブに出ても、前に出たがる芸人を『よくやるよ』と冷めた目で見るような時期もあって。そうすると自分も前に出られないし、はしゃげなくなる。もしかしたら、みなさんの仕事でもそんなことはあるんじゃないでしょうか。

でも、いよいよオジサンになって、それなりにお金ももらっているけど、『休みになっても、はしゃげないで家にいる』ってツラいんすよ。そんなときに、はしゃぐことに関してどうして第三者の目を気にしちゃうのか考えたら、『自分自身が否定的な目で見てきたからだ』と気づいた。

またお笑いというのが、ナナメに物を見るのにぴったりな分野なんですよね。若い芸人なんて特にそうですけど、斜に構えたほうが笑いもとりやすい。でも、もうそれは十分やってきたし、改めようと思ったんです。ナナメに物を見るのが、年齢的にも似合わなくなってきた。おじさんになると、恥ずかしいという機会も減ってくるので。

それで、親父が死んだのを見て、斜に構えたままだと、人生あっという間に終わるなって考えこんじゃったんですよ。だから、今は自分のなかの『ナナメ』を殺すようにしています。エッセイを書くのも、自分のイタイところを見つめ直す作業のようなところがありますね」