俳優・中村敦夫が、原発に警鐘を鳴らす舞台を演じる理由

「線量計が鳴る」は百回公演を目指す
高木 香織 プロフィール

地方の熱い人々に背中を押されて

道具を背負って、一人旅。日本各地で行った朗読劇の模様を、中村氏の公式HPから少し抜粋してみよう。原発を抱えている町もあれば、環境問題に悩む町もある。自分の国のこととして憂えている町もある。

第25回/仙南地区(宮城県)公演(2018年2月24日)
いよいよ今年の幕開きだ。
プロデュースを担ったのは、仙南地区の小中学校の先生たちが中心。
会場は、大河原町の「えずこホール」。
「えずこ」とは、昔の農民が田畑で働く時、赤ちゃんを入れて
おいた大きな篭を意味する。
ホールの外形が、その篭に似せて作られ、シュールなデザインである。
町自体は、単調なインフラだが、この一画だけは、さまざまな
飛んだイベントが展開されるという。
周辺は保守的な風土なので、今回は観客動員が難しいと予想された。
当初は、150人くらいはと目標を立てたが、開けてびっくり、235人
の超満員。プロデューサーたちも嬉しい悲鳴。
全国版新聞も一社、地方テレビ局も一社、はるばる取材に駆けつけた。
「世の中はもう原発事故を忘れている」という宣伝は、どうやら嘘の
ようである。

 

第42回/立川市(東京)公演(2018年9月24日)
主催の「たまあじさいの会」は、西多摩郡日の出町を本拠とする市民環境団体。
以前はこの地のごみ処分場に、三多摩400万人の生活ごみが、1日100トン
も運ばれ焼却されていた。ダイオキシンなどで周辺の森林や住宅地が汚染され、
健康被害が拡大した。第一処分会場が満杯になり、新たに第二処分場の建設が
始った時、市民たちが東京都にNOを突きつけて立ち上がった。
その中心を担ったのが20年前結成された「たまあじさいの会」である。
自らも科学的調査機能を持ち、定点観測をくり返し、裁判を起こし、
市民に情報を提供してきた。第二処分場建設は結局強行されたが、
「会」は今でも焼却灰や多摩川に流れる放射能などの調査を続けている。
中村が参議院へ入ったのも、奇しくも20年前。
議員連盟「公共事業チェック議員の会」の会長として、何度も日の出町へ入り、
市民の応援を続けた。後には、この処分場をモデルにした小説「ごみを喰う男」
(徳間書店2007年)を発表。
今回の公演は、「たまあじさいの会」20周年記念のイベントのひとつとして
実現した。

●第43回/ひたちなか市(茨城県)公演(2018年10月7日)
公演は10/7日(日)だったが、前日入りした。
常磐線の勝田駅(ひたちなか市)を通り過ぎ、次の東海駅で降りた。
期限の切れたポンコツ(東海第2原発)を原子力規制委員会が安全と判定し、
20年間の延長再稼働を認めたばかりである。これを受け入れるかどうか、
近隣自治体の反対派市民とひもつき政治家たちがもめている。
東海村を実際に見て、少からぬショックを受けた。
海際の小さな土地のあちこちに、核関連の大型研究施設や廃棄物処理場などが、
十数ヶ所も点在し、それが村の骨格を形成している。
あちこちに保管されている低レベル、高レベルの固体廃棄物のドラム缶は、
十数万個になるだろう。まさに、放射能施設に占領された村である。
東海第2原発から30km圏内で生活する住民は、96万人。
日本でも最悪の密度である。東京からの距離にしても、110kmと最短であり、
福島原発までの半分だ。こんなところで再稼働とは、狂気の沙汰としか思えぬ。
近隣自治体の住民の危機意識も高まっており、10/7の小劇場も、定員110人を
超える超満員。客席から、終始熱い声援が飛んだ。

中村敦夫氏の伝えたい想いとは

こんな人々の支えを受けて、『朗読劇 線量計が鳴る ~元・原発技師のモノローグ』は書籍になった。原発の技術と問題点、被ばくの危険性、福島第一原発事故の実態など、原発の基礎から今日の課題までを、原発事故ですべてを失った老人の語りからわかりやすく伝える。中村敦夫氏の演劇体験と文筆体験が反映された力作だ。

2016年(平成28年)秋、中村氏は故郷の福岡県いわき市を再訪した。震災直後の無残だったがれきの撤去が進んだ一方で、県内では避難指示が少しずつ解除されていた。
「原発事故をなかったことにしたい」
という意図を感じた。

「原発事故が起きても誰も逮捕されない。津波に罪をかぶせて、責任者が見えないようにしている。これはおかしい。戦争と同じで戦犯がいるはずだ。私の原動力は、誰も責任を取らないことに対する公憤と義憤です」
と中村氏は言う。

朗読劇の最後に、主人公はこう言い放つ。
「右向けといわれれば右向き、左といわれれば左、死ねと言われれば死ぬ。おれはもう、そういう日本人にはなりたくねえんだよ」
朗読劇の目標としている100回公演の実現は、そう遠くなさそうだ。

中村敦夫  俳優、作家
1940年、東京生まれ。俳優、作家、日本ペンクラブ理事・元参議院議員。1972年より主演したテレビ時代劇『木枯し紋次郎』が空前のブームになり、以後数多くのドラマで主演をつとめる。1983年に『チェンマイの首』(講談社)で小説家デビュー。1984年に日本初の本格的情報番組『中村敦夫の地球発22時』のキャスターに起用され、海外数十カ国を取材し、国際的視野を持つようになる。1998年に参議院議員となり、ついで「さきがけ」代表に就任。2002年に党名を「みどりの会議」に変え、環境問題や農林水産業の復権に取り組む。著書に『ごみを喰う男』(徳間書店)、『暴風地帯』(角川書店)、『簡素なる国』(講談社)、『朗読劇 線量計が鳴る 元・原発技師のモノローグ』(而立書房)ほか多数。